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インド・聖なるガンガ[2003年01月13日]

「白尾さん、インド行く?」という言葉で私のインド行きが決定した。旅の達人ばかりが集まるファイブスタークラブのスタッフの中でも最も経験の浅い私。アジアや中近東の国々に興味を持ってはいたが、実際に訪れるのはいつも勝手知ったるヨーロッパの国々ばかり。そんな私が本当に大丈夫なのか!?本人はさることながら周囲の人々も巻き込んでのドキドキ、ハラハラ白尾のインド旅行がいよいよスタート。

 

11月28日
まずガイドブックで知識を仕入れる。お腹をこわすことくらいはインドでは病気と言わないらしい、荷物にはしっかり鍵をかけましょう、とにかく暑いので脱水症状にならないように…などなど。読めば読むほど、不安と期待が入り混じって落ち着かない気分になる。が、ここで慌ててもしょうがない、そう覚悟を決めて12時発の AI307便、バンコク・デリー経由のムンバイ行きに乗り込む。

 バンコクまで実に快適な空の旅だ。スチュワーデスはてきぱきとしていて安心できる。まちに待った機内食は問答無用でカレー、と思いきや和食もある。私は話の種にと和食をチョイス。これがなかなかおいしく、幸先の良いスタートだ。

 バンコクに到着。そのままインドに向かう乗客は飛行機から降りることができないのでちょっと残念。1時間あまりのステイで給油と清掃が終わるとインド人が続々と乗り込んで来て、機内は満席に。この頃になってようやく自分がインドに向かっているという実感が湧いてきた。

 デリーの空港に降り立ったのは夜だった。ボーディングパスの半券を係員に渡し(なくさないように注意)、いざ入国。迎えにきてくれたガイドさんと一緒に本日の宿泊地であるマルカスさん宅へ向かう。2日間のホームステイだ。

 マルカスさんの家はニューデリーのマンションの一室。だが、広い!おまけに床は大理石。留学中の娘さんが休暇で帰国しており、同室させてもらうことになった。ホームステイとはいえ部屋にバスもトイレもついていて、プライバシーは守られるし、安全だ。

11月29日
バハイ礼拝堂(デリー)おいしい朝食をいただいてチャイを飲み、いよいよデリーの街へ。まずは、バハイ礼拝堂へ向かう。広大で美しい庭園の中にそびえる真っ白な蓮の形をした建物が礼拝堂だ。1986年に建てられたばかりなのでまだ新しい。どんな宗教の人々でも祈ることのできる場所で、内部は私語厳禁。静謐な空気で満たされている。人々が其々の信仰に従って其々の神に祈りを捧げているのだ。

 次はデリーでも有数の観光スポットであるクトゥブ・ミーナール。ここはイスラムの遺跡だ。イスラム教徒の勝利を記念する赤茶色の大きな塔とヒンドゥーの寺院を取り壊して作られたイスラム寺院が圧巻である。遺跡に囲まれた日の当たるのどかな中庭で、この国の長い歴史に思いを馳せた。

 ガンディー・スミリティー博物館は、かの有名なガンジーの元住居を利用して作られている。 緑に囲まれた敷地内の中庭でガンジーは1948年、暗殺された。ガンジーが人々に説法する時に座っていた石のベンチも中庭に残されている。博物館はこじんまりとしてはいるが、インド人で一杯だった。ガンジーの生い立ちから凶弾に倒れるまでを小さな人形達が物語っている。それを熱心に、時には祈りながら眺めているインドの人々を見て、私はガンジーがこの国にとってどれだけ偉大な人であったかを実感した。しかし、この博物館に訪れる日本人観光客は少ないそうだ。インド建国の父とも言われるガンジーについて知ることはこのインドという国を理解するきっかけにもなるのではないだろうか。そう考えると残念である。

 本格的なインド料理(様々なカレー、タンドリーチキンなど)のランチの後は首相・大統領官邸や国会議事堂が立ち並ぶ官庁街へ。もちろん建物の中には入ることができないが、とにかく大きい。そして広い道路の先には遠くインド門が見える。ニューデリー、私の想像もしなかった近代的で美しいインドの光景だ。

 インド映画鑑賞のためオールドデリーの映画館へ。これこそインド!!ひしめき合う人、車、リキシャー、牛…。でもちょっと怖い。住民が観光客である私を見る目もどことなく凄みがあるような気がする。実際、治安もあまり良くないらしい。しかし同時にとてもエネルギッシュで魅力的な街だ。バックパッカーが多いのも頷ける気がする。

 映画はコメディー調のラブロマンス。もちろんインド映画なのでよく歌い、踊るためヒンディー語のわからない私も楽しむことができた。内容もとてもわかりやすい。映画館に入ったときはどうなることかと思ったが、時がたつのはあっという間。館内は清潔であまり人もいなかったため、くつろいで鑑賞することができた。

 一日のデリー観光を終え、帰宅すると家族のみんなが待っていてくれた。夕食は様々な種類のカレー。カレーにゆで卵が入っているだけの卵カレーがすごくおいしい。食べながらみんなといろいろな話をした。たまたまご主人のマルカス氏が出張で不在だったので英語での会話となったが、私のつたない英語をみんな一生懸命理解してくれた。とても善良で親切な家族。2日間の滞在しかできないことを残念に思った。

11月30日
ガンジス河(リシケシュ)朝5時半に起きてハリドワールへ移動。こんな時間だというのにママが起きて見送ってくれた。

  7時10分、定刻通り発車した特急列車に乗って一路ハリドワールへ。車内は満席だったが、座席がゆったりとしており、朝食のサービスもある。快適だ。もちろんトイレも完備。同じ車両には欧米人のグループも見られる。これから向かうハガンジス河(リシケシュ)リドワールはヒンズー教の聖地の一つ。近郊のリシケシュにヨガを習いに行く欧米人が多いという。延々と続くインドの田園風景を眺めながら、完全にリラックスした私はいつしか眠り込んでしまった。

 ハリドワールに到着し、迎えに来てくれていた運転手さんの車に乗り込む。ここからさらに車でリシケシュへ向かう。デリーから特急で4時間半のハリドワーリシケシュ町内(リシケシュ)ルはのどかな田舎町といった感じ。山々に囲まれ、キラキラ光る美しい河が…。河!?まさかと思いガイドさんに尋ねると、この美しい河こそガンジス河!テレビのドキュメンタリーなどで私が見たことのあるガンジス河とは全く透明度が違う。びっくりしている私を尻目に車はどんどん山奥へ。猿のいる、まるで日光を思わせる山道をぬけ、30分後リシケシュの町に到着した。

 チェックインを済ませるとすぐにガイドさんを急き立ててガンガ(ガンジス河)へ向かう。リシケシュは小さな町だ。小さな路地に小さな商店が立ち並び、活気がある。そしてその小ささのせいかデリーよりもはるかにたくさんの牛がいるような気がする。もちろん地元民と同じように平然と道路を行き来し、食べたり眠ったり。豚も多く、子連れ豚が特に愛らしい。アジア人が珍しいのか出会う子供たちが次々に「ハロー!」と声を掛けてくれる。本当にのどかだ。人々も心なしかのんびりとした優しい顔をしているような気がする。

 住宅が密集している地区を抜けたかと思うと急に景色が開けた。河原だ。日の光を受けてキラキラと輝くガンジス河が目の前に現れた。近くで見るとその河の美しさは際立っている。青く透明な聖なる河。インド滞在3日目にして初めて目にしたガンガはその美しさで私を圧倒した。「すごくきれい」、それ以外口に出すことができないくらい私は感動していた。

 すっかり日が暮れる頃に再びガンガ沿いを散歩する。デリーもそうだったが、ここリシケシュも街灯は少なく、山道なんて真っ暗だ。しかし河沿いにはお寺やヨガの道場が数多くあるので、ガンガまでライトアップされているようだ。その寺院の一つで夕方のお祈り、アルティを見学する。寺院の門をくぐり、階段を降りるとそこはもう河だ。階段の一番下に広いスペースがあり、そこに黄色いお坊さんの衣装を着た少年たちがたくさん座り、大音響の音楽に合わせてお祈りを唱え、手をたたいている。階段に座り込んだ大人たちも同じように手拍子をとり、歌うように祈る。ふと目をやると河の中洲にはライトアップされたシヴァ神の銅像が立っている。アルティは毎日行なわれ、30分ほどで終了するが、ヒンズー教徒でもない私が見学させてもらうのが申し訳なく思われたほど、幻想的で神聖な祈りだった。

 次に向かったのはアシュラムというお坊さんの施設の一つ。ここでは外国人も生活し、祈り、ヨガを教わることができるそうだ。私の目的はサットサング(聖なる歌)を聞かせてもらうこと。8時過ぎからサットサングの演奏(歌)は始まった。ヒンドゥーの神様を祭ってある広い講堂のような場所で7人のお坊さんが各々の楽器を演奏しながら神々の教え、歴史を唱える。それを聞く信者は女性と男性、別々の場所に座り、同じように祈りの言葉を口ずさむ。その祈りの言葉を書いた本があり、私にも貸し与えられた。英語で書かれており、振り仮名もふってある。親切な女性が今どこを読んでいるのか教えてくれたので、私も読んでみる。音楽、お経のように響き渡る声、荘厳で厳粛な雰囲気を感じる。しかしここは外国人にも開かれていて、私は実際に金髪碧眼のお坊さんも見かけた。インドの人々の寛容さ、そして信仰の深さを肌で感じた。とても日常的に神と接しているのだ。

12月1日
朝7 時、眠い目をこすりながらヨガ教室へ。ホテルから程近い住宅の中庭でヨガは始まった。地元の人たちに混じって私も参加。ヨガの聖者であるヨギは私が慣れない外国人であるため一番近くに場所をとってくれた。まず初めに瞑想から。わたしにとっては初めての経験なのでなかなか集中できない。しかし、続けているうちになんだか清々しい気分になってきた。瞑想の後にストレッチをしたのだがあまりの身体の硬さに恥ずかしくなった。でも先生(ヨギ)は親切にゆっくりと教えてくれる。瞑想とヨガ30分ずつで早朝のヨガコースは終了。朝から身体を動かすのなんて小学校のラジオ体操以来だったが、とても気持ちの良い一日のスタートだと思った。

 ホテルに戻り朝食をとった後、ヨガのクラスで知り合った女性の自宅を訪問。だんなさんとかわいらしい娘さんが迎えてくれる。彼女は自分でアーユルベーダの勉強をしたらしく近所の奥さんもアーユルベーダをやってもらいによく来るらしい。私がアーユルベーダの経験がないと知ると、なんとサービスでやってくれた。アーユルベーダはオイルマッサージなのだが、これはもう最高!彼女の力の強さもあって、全身のこりがほぐされていくような、気持ちよさ。さらにオイルの良い香りがリラックスさせてくれる。時間がなかったので私にはかなり猛スピードでやってくれたのだが、本当は2時間くらいかけてじっくりとやるらしい、残念。リシケシュでアーユルベーダも体験してみたい、という方は彼女を訪ねてみるのも良いかも。サービス価格でやってくれるそう。すっかりくつろぎ、チャイまでごちそうになって私は彼女の家を辞した。

リシケシュ河岸の学校(リシケシュ) そのまま昨晩行った、リシケシュでもお寺が集まっている河岸へ。夜も良いが、昼間はもっと美しいガンジス河を眺めながら散歩する。この辺りはヨガをしに来る外国人や地元の人々で賑わっている。

 ランチはリシケシュでも有名な「チョウティ・ワラー」で3種類のカレー入りターリーを。このお店はインド人の間でも有名らしく、広い店内はカレーを食べる人々で一杯だ。少し辛味を抑えてもらったカレーはどれも美味。リシケシュは聖地だけあって食事に肉は一切でない。そのことをすっかり忘れていた私、カレーの中に入っていた塊を「わーい肉団子入り!」とはしゃぎ、ガイドさんにあきれられてしまった。食べてみると確かに肉団子ではない。聞くと豆団子らしい。でもすごくおいしい。ヨガせいかもあるのか食欲旺盛の私は3種のカレーをすっかりたいらげて大満足。

お寺(ハリドワール) その後車でハリドワールへ向かう。リシケシュがヨガの聖地だとしたら、ハリドワールはまさにヒンズー教の聖地だ。お寺が立ち並び、サドゥ(修行僧)の姿も多く見られる。私が訪れた寺院の一つはマンションのような建物で、一階から最上階まですべての階にヒンズー教の神々が祀られていた。一階ずつお参りをしながら降りてゆく。余談だが、何件かお寺にお参りした後、急にそれまで壊れていたカメラのフラッシュが作動するようになった。これには私はもちろんのことガイドさん、運転手さんもびっくり。インドの神様が直してくださったんだね、と運転手さんに言われた。本当にそうかもしれない、インドの神様に感謝した。

 夕方、ハリドワールのアルティを見学。リシケシュのよりも大規模なものらしい。河岸にたくさん地元民、巡礼者が続々と集まってきて始まったアルティ。音楽と人々の祈りの声、対岸で揺れる炎。とても幻想的でおごそかな儀式だった。

 夜も更けてからヨガの先生を訪ねる。個人教授して下さるというのだ。先生は何も知らない私にゆっくりと、丁寧にヨガについて教えてくださった。ヨガはあの体操が最終的な目的ではなく、瞑想する時に辛くないように身体を鍛え、またほぐすのだという。なるほど。でもヒンズー教と密接に関わっているヨガの世界は非常に奥深い。お話の後は瞑想を中心に教わった。朝やったときとはまた違う感じだ。さらにリラックスして良い気分になった。頭の中がはっきりするような。別れ際、先生はまたいつでも来るようにと言って下さった。とても貴重で、印象的な体験だった。

 ホテルでの夕食はお勧めの卵カレー。私のお気に入りでもある。これがおいしい。私が滞在したリシケシュのホテルのレストランは古びているが、頼む料理すべておいしかった。サービスしてくれるおじちゃんも一見怖そうにみえるがとても親切。

12月2日

ガンジス河見納め(リシケシュ)リシケシュ滞在最終日ということで、ガンジス河を見納めに行く。ホテルの近くの沐浴場は地元の人々しかいず、賑やかではないが、逆に静粛な気分になることができる。天気も良く、あいかわらず河は美しく輝いていた。記念に小さなボトルを買って、河の水を入れた。

 ヨガの先生はガンジスは宗教を問わず、誰にとっても聖なる河なのだ、と仰っていた。ガンジス河が私に与えてくれた多くのことを考えながらリシケシュを後にした。

  12時50分、10分遅れの列車でアグラへ出発。席は寝台だ。2つの2段ベッドが向かい合っているコンパートメントと通路の反対側にさらに2段ベッド。私とガイドさんはコンパートメントではなかったので気楽だ。ガイドさんは上段、私は下段。毛布と清潔なシーツが配られる。窓が開かないので少し空気が悪いが、そんなことを気にする間もなく私は身体を伸ばして眠りについた。寝台列車に乗る場合は途中でお腹がすいた時のために何か食べ物を買っておく方が良いと思った。私はひたすら眠りこけていたけれど。

 アグラへ到着したのは深夜だった。ここでも運転手さんが迎えに来てくれていた。インドの暗い夜道を15分ほど走り、ホテルへ。豪華な部屋だったが、明日の朝も早い。シャワーを浴びてすぐに就寝。


12月3日
ホテルでおいしい朝食。特にマンゴージュースは甘く新鮮で美味。

 車に乗って5分、タージマハルの駐車場へ。タージマハルの周辺1キロは公害対策のため車は進入禁止だという。そこからはリキシャーでタージマハルの入り口へ向かう。

タージマハル (アグラ) タージマハルは想像以上だった。壮麗で美しい。とてもお墓とは信じられないような豪華な外観。朝早かったせいか、観光客も少なく霧の中に浮かび上がるタージマハルの美しさは言葉ではとても言い表せない。自分が実際にタージマハルの目の前にいるということがいつまでも信じられなかった。
ほとんど呆然自失状態のまま、何度も振り返りながらタージマハルを後にした。

 次に向かったのはレッドフォート(アグラ城)。真っ赤な外壁。内部はムガール帝国の歴代の王がどんどん建て増しして、広い敷地にたくさんの建物(部屋)がある。昔は部屋の入り口には布が下げられていたそうで、布の掛かっていない現在は開放的な印象を受ける。柱にダイヤのはめ込まれていた跡が残っているくらいだから、当時はさぞ贅をこらした城だったのだろう。城の中に市場があったというほどの広大さ。現在は敷地内にインドの兵隊さん達が駐屯しているらしい。

 少し、お買い物などをしてからホテルをチェックアウト。アグラ駅へ。余裕を持って早く出たのは良かったが列車は30分遅れ…。そろそろインドのリズムにも慣れてきた。

 列車の中で夕食をとる。車内の暖かさも手伝って、いつのまにか眠ってしまったらしい。ガイドさんに起こされてデリーに着いたことを知る。なんだかインドでの移動は眠ってばかりの私。インドの列車がなかなか快適だということなのか。

 デリーの運転手さんは初日からお世話になっていた運転手さんだった。なんだかとても懐かしく、思わず「ただいま」と言ってしまった。

 今度のデリー滞在はホテルメトロ・ハイツ。部屋は広くバスタブもある。清潔だし、シンプルだが良い部屋だ。久しぶりにお風呂につかってから、キングサイズのベッドを独り占めして眠る。

12月4日
いよいよインド滞在最終日。心残りのないように朝からデリー中をドライブ。空港へは2時間前に到着するよう向かう。ガイドさんは私がボーディングパスを受け取るまで空港の外で(中には入れない)待っていてくれた。

 長かったようであっという間だったインドの旅。なんといったらよいのか、インパクトの強い国だった。日本では思いつきもしないようなことをたくさん考えらさせられたし、多くのことを学んだ。優しい人もたくさんいたし、どこに行っても歓迎された。懐の大きな純粋な人々の住む国。そしてガンジス河!あの河岸の光景を私は絶対に忘れないと思う。インドのルーツがそこにあった。

 百聞は一見にしかず。インドはとても印象的な国でした。まだ行ったことがないという方にはぜひお勧めします。異国を存分に感じることができる国です。

白尾 みどり
2002年11月

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