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紅茶の国の正論~スリランカ~[2003年11月14日]

スリランカは私にとって未知なる国。
インドの隣にある紅茶で有名な小っちゃな島、くらいの認識しかありませんでした。ファイブスタークラブのスタッフになって初めての社員旅行。今年の行き先はそんなスリランカと相成りました。
 出かける前にまず基礎知識から。正式国名はスリランカ民主社会主義共和国。面積は6万5607km2(北海道の約80%)。人口は約2000万人。首都はスリー・ジャヤワルダナプラ(コーッテ)。中学生の頃、「スリジャヤワルダナプラコッテ」と呪文を唱えるかのように覚えたもんですが、スリー・ジャヤワルダナプラが正式で、コーッテはその俗称なのだそうです。コロンボから首都を移したのは1985年のことで、小学生のときから使っていたデスクマットにはコロンボと書かれてあったので、中学生の私を困惑させたのは言うまでもありません…

1日目 初めてのスリランカ。その前に…
 10月29日。昨日までの雨が嘘のような遠足日和。9時45分の集合に間に合わせるべくいつもよりも1時間半も早いTDL(東急田園都市線)でいつものように渋谷に向かい、渋谷から成田エクスプレスで後ろ向きに座りながら成田空港へ。恥ずかしながら私、成田空港初めてなのです。前日は旅行以前にちゃんと成田空港までたどり着けるのか…?ということでいろいろな方からレクチャーしていただき、その甲斐あって後ろ向きながらも無事に集合時間に間に合わせることができました。
 今回搭乗する便は11時45分発のSQ(シンガポール航空)997便。シンガポールを経由していきます。チェックインやら出国審査やら手荷物検査を済ませ、搭乗口でスタンバイ。最終的には11時35分発と表示されていました。ほどなく搭乗の時間となりいざ乗り込みます。機材はボーイング747-400。シンガポール航空のB747-400には「メガトップ」という愛称がつけられているのだそう。座席にはすべてのクラスにパーソナルモニターが付いていて、「クリスワールド」というプログラムによりゲームやビデオや音楽が「自分の思いのままに」再生できるのです。これはスゴイ。
 国際線らしく長く、そしてなぜか横揺れを交えた滑走の後、離陸。旅は始まりました。離陸までの間、お預けだった「クリスワールド」を早速操作してみました。英語・フランス語・ドイツ語・中国語・日本語に対応していて世界の最新の映画や音楽を流しており、乗客を飽きさせません。ゲームはポケモンやらマリオなどNINTENDOモノが幅を利かせていて、初代のスーパーマリオブラザーズを見つけて感激しながら遊んでおりました。まさか3-1の無限増殖がこんなとこでできるなんてねぇ…
 機内食も平らげ、7時間ほど「くうねるあそぶ」しながら過ごし、17時50分、約30分早くシンガポール・チャンギ空港に到着。とうに忘れていた「ムンっ」という暑さがボーディングブリッジを歩いていても届いてきます。そのボーディングブリッジですが、さすがはアジア随一のハブ空港。メーカーは日本のものながら日本の殺風景なのとは違い、淡いピンクの配色で絨毯も厚く、照明も半間接照明と、かなり凝ったものでした。ターミナルもキレイで機能的で、免税店やラウンジはもちろんホテル、ジャグジーや植物園(!)まであり、トランジットの時間も飽きることなく過ごせるまさに「空港明媚」な空間で、ございますな。
 ここでは4時間20分のトランジット。のはずでした。
 まさかまさかのシンガポール入国ですさすがは旅行会社の社員旅行。急遽、空港から出て夕食を食べに行こう!ということになってしまったのでした。出入国カードをあーでもないこーでもないとか言いながら書き込み、なんとか入国に成功。タクシーに15分ほど揺られ、「チン・ワー・ヘン・シーフード」という海鮮料理のお店へ。エビチリやらカニやらうまいのなんの。炒めたカニのソースをかけていただくチャーハンの贅沢なこと。これでひとり3千円程度ですからもうシンガポール万歳です。
 空港に戻り、再びスリランカを目指します。シンガポールからスリランカへ飛ぶのは22時40分発のSQ402便。機種はボーイング777-200。 B747と同じように、B777には「ジュビリー」という愛称が付いているのだそうです。スリランカへはスケジュール上では3時間40分のフライト。シンガポールでたらふく食べた私は「あとは寝るだけだろうなぁ」と思っていたのに「パスタならば・・・」と出された機内食に挑み、見事完食。その後やっぱりゲームと眠りを繰り返し、午前0時過ぎ、日本時間で午前3時過ぎにコロンボ・バンダーラナーヤカ国際空港に到着。ちなみにバンダーラナーヤカとは大統領の名前で、元首の名を空港に冠するという世界的な慣例にここでも則っているんですね。この原稿を書いているとき、高知空港が「高知龍馬空港」に改称されたというニュースを目にしました。日本でもこれから増えていくんでしょうか。
 入国手続きを済ませ、荷物を受け取り、到着ロビーに出ると今回の旅でお世話になるセイロンツアーのスタッフの皆さんからランの花で出来たレイで出迎えていただきました。マイクロバスに乗り込み、今回お世話になるガイドさん、サラトさんの紹介やスリランカの簡単な説明をしていただいている間に今日の宿泊地であるニゴンボのサンフラワーホテルに到着。「東京成田」や「大阪伊丹」と同様、空港はニゴンボにありながら、コロンボを名乗っていて、「なんでこんな遅くに着いてんのにコロンボ市内に泊まらへんねん!」という謎はスッキリ解消されその夜はぐっすり眠れました。

2日目 スリランカ版こんぴら参り
 目が覚めてカーテンを開けてみると一面の青い空と海でした。なんとも気持ちのいい目覚めじゃありませんか。朝食までの間、ビーチを散歩しながら波と戯れてみたり、そこらにいたニワトリを追い回してみたり…コンチネンタルスタイルの朝食では早速ホットミルクティーをいただきました。スリランカではアイスティーやレモンティーは「邪道」なんだそうです。唐辛子のたっぷり入ったスリランカのオムレツでアタマも起こされて2日目のはじまりはじまり。
 シーギリアに向かうバスに揺られながら、サラトさんにスリランカについて昨晩より少し詳しい説明をしていただきました。「スリランカ」の「スリ」は光り輝く、「ランカ」は島を意味するそうで、そういえば街中で“LANKA”という表記をたくさん見かけたし、スリランカ航空の以前の名称はエア・ランカだったりと、「おらが島」根性が根づいているんだなぁと感じました。また、宗教に関しては国民の75%が仏教ですが、街によって信仰している宗教に偏りがあって、たとえばニゴンボではキリスト教の教会や墓地がたくさん見られたりして、街の雰囲気がガラッと変わるのが印象的でした。
 途中クルネーガラでのトイレ休憩を交えながら走ること約3時間、シーギリアロックが見渡せるレストラン、「シーギリア・レストハウス」に到着。ここでお昼ごはんです。スリランカもお隣りインドに負けず劣らずのカレーの国で、3度のメシよりカレーが好きというお国柄(?)。この先泊まるスリランカのホテルのビュフェには必ずカレーが並んでおりました。ここでは肉、魚、野菜、豆など5、6種類のカレーとインディカ米のごはんが出され、やはりどれも辛くないはずがなく、辛ければココナッツパウダーで和らげて食べるようです。われわれがスプーンでカチャカチャいわせながらいただいてる横でサラトさんが素手でコネコネする「正式な」やり方で食べていらっしゃったのが印象的でした。一度やってみたらよかったなぁ。


 シーギリアロック口の中をヒィヒィ言わせながら再びバスに乗りシーギリアロックへ。5世紀の後半、狂気の王カーシャパはこの地でほんの11年間だけ統治したそうで、 1500年前にはこの岩のてっぺんに王宮があったというからすごい話です。これから1200段あまりの階段を経て地上195メートルの頂上まで登っていくわけですが、入り口には駕籠屋ならぬ「尻押し屋」がスタンバイしており、バスが着くや否や「ニィちゃん、ケツ押すでー」と言わんばかりに群がってくるのですが、 適当にあしらって登り始めました。水の広場のシーギリアロックのフレスコ画噴水跡や石窟寺院を見て狭いらせん階段を上ったところに、スリランカが誇る壁画「美女のフレスコ画」がありました。1500年の時を越えた芸術にただただ感動。当時はこの30倍の規模の壁画だったというからその栄華がうかがえます。再びらせん階段を下り、ミラーウォールを抜け、階段を上ると「ライオンの爪」が現れます。現在は爪の部分しか残っていないものの、当時は足、頭部があって口を開けた喉まで階段があったのではないか、とされているそうです。シンハラ語でライオンは「シンハ」、喉は「ギリヤ」ということで「シンハギリヤ」が「シーギリア」に変化したのだとか。いよいよそんな喉への階段を上っていきます。かなり急な階段に腰が引けつつも、ひたすら上って20分ほどでしょうか。

 祝シーギリアロック踏破!頂上の王宮跡にたどり着きました。そこは空の青、雲の白、森の緑だけの空間でした。眼下にわずかに見える建物と送電線さえ除けば1500年前の景色が容易に想像できそうです。この壮大な景色とたった11年という儚さのギャップに唸りつつ、登頂の達成感と頂上の風の涼しさで、すがすがしい気分になって下りてきました。
 再びバスに揺られ、今日の宿泊地、“ジ・エレファント・コリドール”へ。バスを降りると象さんがお出迎え。こんな近くで象と触れ合えるなんて!としばし感激。車寄せジ・エレファント・コリドール<br />
(遠くにシーギリアロックが見渡せます)からフロントまでこの象さんに乗って案内してくれるのです。はるか先にシーギリアロックが見通せるロビーは2階がレストランになっているピロティ式で、フロントの前には小さな池があってとても吹きっさらしとは思えない落ち着いた空間でした。
 チェックインを済ませて、部屋に向かいます。21部屋あるスイートルームは一部屋が完全に独立したコテージタイプで、内装は今年4月オープンという出来たての新しさもジ・エレファント・コリドールあいまってめちゃめちゃキレイです。カーテンを開けるとそこにはサファリが広がっていて、動物好きな人にはたまらない景色です。バスルームは浴槽とシャワーブースが独立しており、シャワーブースには天窓があって星を見ながらシャワーを浴びる…なんてこともできます。このバスルーム、青いタイル張りで窓枠は木でできているのでひと昔前の日本のお風呂を彷彿とさせ、なんとなく懐かしい気分になりました。
 庭にはプライベートプールがあり…、あるにはあるのですがかなり期待していた分、ちょっとガッカリするくらい小さなプールで、プールというよりも「腰洗い槽かよッ!」という表現のほうがしっくりきます。あ、もちろん、ちゃんとした共用のプールもありますのでご安心ください。
 ひと眠りして夕食まで時間があったので敷地内を散策してみました。めちゃめちゃ広いんです。地図がいるくらい。散策の途中で「プレジデンシャル・ヴィラ」という最高級のお部屋を見せていただく機会に恵まれました。部屋の前の小川にはつり橋が掛かりムード満点です。プライベートプールはもちろん大きく、寝室は2部屋に分かれ、ダイニングルームは別棟になっているというスペースを存分に使った豪華さです。ため息混じりで部屋を出て、森の中にあるバーに行ってみました。陽が暮れたら店じまいというユニークさで、下戸な私にはわかりませんが大自然の中で飲むお酒は格別なんでしょうなぁ。
 夕食を終えて、お風呂に入っていると“BATH BUBBLE”という小瓶を発見。迷うことなく浴槽へ注入。泡まみれにしちゃいました。こういうのやってみたかったんですわ。そして片足を高々と上げて「決め」のポーズ。
 お戯れにすっかり満足して、お風呂からあがり、庭に出てみました。静寂の中に満天の星空。東京の空じゃ目立たないオリオン座はここでも目立ちませんでした。ほかの星がたくさん負けずに目立っていたから。地平に目を凝らせばいくつか光る点が飛び回っているではありませんか。蛍です。何年ぶりかで見る蛍に感激して涙が出そうになりました。30分ぐらいその場から動けませんでした。


3日目 ダハッ!!アリャ!?
 3日目の朝食は部屋まで持ってきてくれる、とのこと。スゲーと思いながら、部屋で待っていると2人のボーイが用意をしにやってきました。すごくリッチな気分になりますね。ところでほかの部屋の人に聞いてみるとみなさん「いつまでたっても持ってこないのでレストランまで行った。」とのこと。私たちの部屋は運が良かったみたいです。オープンしたてで慣れてないのかあるいはお国柄なのか、せっかちな日本人、特にイラチな関西の方にはお勧めできません(笑)。そういった点を除けば、ホント綺麗で優雅なホテルだと思います。
 さて、今日もバスに揺られて、一路ハバラナへ。アヌラーダプラ、ポロンナルワ、キャンディ、トリンコマリーへの道のジャンクションであるハバラナは、交通の要衝であるにもかかわらず小さな町です。この町で象乗り体験が出来るというのでやってきたわけです。

 象に乗った少年・少女バスを降りると背中にゴンドラを背負った象さんが大勢いらしてました。さっそく背中に乗っかるのですが、1頭につき4人まで乗れるということなので、奥山さん、岡坂さん、岡部さんと乗り込みました。私たちの乗った象さんは“ナナ”ちゃん。1頭に2、3人の象使いの人が付いているのですが、ナナちゃんはお行儀が悪いらしく、何度も叩かれておりました。湖に沿って散歩していくのですが、象使いの掛け声に一同爆笑。

 「ダハ!ダハッ!ダッハゥァー!!アリャ!…。」
 あとでサラトさんから教えていただいたのですが、「ダハ!」とはLet's go!という意味で、「アリ」は象のことなのだそうです。象なのにアリなのです。「♪象さんのあ~くび、ア~ア、アリさんのあ~くび、ァ~ァ…」という懐かしのフレーズが頭の中を否応なく駆け巡るわけで…
 しばらくすると象使いの兄ちゃんが僕を指差し、象の首のところに跨れ!というではありませんか。おっかなびっくりで乗っかると意外と硬いんです。しばらくすると尻の痛いこと痛いこと。颯爽と松平健のように乗っていたいところですが振り落とされまいと必死にゴンドラの手すりに掴まっておりました。ゴンドラの上で「ダハ、ダハ、コマネチ!」とか言いながら盛り上がる日本人を尻目にナナちゃんは進みます。ナナちゃんは食欲旺盛なのか鼻をニュ~っとゴンドラまで持ってきてバナナの催促をしてくるのです。そのうち「バナナ」という言葉に反応して鼻を伸ばすことがわかりました。しかしよくよく考えたら自分の名前である「ナナ」という単語に反応していたのかもしれません。ほどなくしてナナちゃんは急な傾斜を降りていき湖の中へ突き進み、水を飲んだところでもと来た道を引き返していき4、50分ほどの象乗りは終了しました。

 ポロンナルワにて再びバスに乗り込み、今度はポロンナルワを目指します。ポロンナルワは10~12世紀の都というだけあって遺跡も数多く残されていて、車で見て廻っても半日ほどかかるそうです。マハー・パラークラマ・サムドラと呼ばれる人工の泉をたたえ、この水が街の繁栄を支えてきたのだとか。我々日本人がマハーなんとかと聞くとこの時期ちょうど最終弁論の始まった某被告が浮かんでくるんですがマハー・パラークラマっちゅう人はこの地では英雄なんでしょうなぁ。まずパラークラマ・バーフ1世の宮殿跡へ。パラークラマ・バーフ1世は12世紀に在位した王で、宮殿は現在では壁しか残っていないものの、閣議場の跡などを見るとその権力の大きさが伺えます。

 ガル・ヴィハーラの涅槃増と立像次にガル・ヴィハーラの3大仏像へ。スリランカでは、格式ある寺院では必ず裸足で参詣しなければならないので、それに従い靴も靴下も脱ぎ裸足でそばへ近寄ります。左から座像、立像、涅槃像と並んでいて、座像が高さ4.6メートル、立像が7メートル、涅槃像が全長14メートルあり、この3体が並ぶ姿は壮観の一言です。涅槃へ旅立つ仏陀と、その横で立ち尽くす仏陀の一番弟子を表現しているものとされているのだそうです。
 少し遅めの昼食を済ませて、ポロンナルワから今日の宿泊先である、キャンディの“ホテル・トゥリー・オブ・ライフ”へ向かいました。このホテルでアーユルヴェーダが体験できると聞いて申し込んでみることにしました。アーユルヴェーダとはスリランカ、インドにおける伝統医学でハーブやオイルを用いて治療していくというもので、ホテルによっては1週間から10日かけて本格的にじっくりやってくれるところもあれば、エステ感覚でやってくれるところもあるそうです。ここでは1時間のコース(40ドル)をチョイスしました。
 2時間ほど部屋で過ごしいよいよ「施術」の時間がやってきました。ハーバルヘルスケアセンターというアーユルヴェーダ専門の建物に行き受付を済ませるとガウンを1枚渡されて着替えてくれとのこと。ガウン1丁で施術室(?)に入るとまずヘッドマッサージから。絶妙のフィンガーテクニックで頭を揉むわ揉むわ…。

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛...」

妖怪カマボコ男ってな悦楽のため息など吐きながら意識が飛びそうになっておりました。そしてガウンを剥がされ、雨もアラレも血も涙も盆も正月もない姿、つまりは真っ裸でベッドに横になり、今度は全身マッサージです。ハーブオイルを全身に揉みこまれ、まさに全身という全身をマッサージされていきます。生まれて初めて足の指の関節を鳴らされたりなんかして、もうなすがまま。とはいえ「う゛っ!」とか無意識に声を漏らしてしまうほど気持ちよいものでした。うっとりとしたままスチームバスへ。スチームバスというのは蒸気の吹き出る台にアーチ型の蓋が付いていて蓋の先っちょから顔を出して全身を蒸す装置でして、イメージとしては顔の付いたかまぼこ、という感じでしょうか。ここで10分ほど蒸されて汗とともにハーブオイルを流していきます。
 すっかり蒸しあがって、シャワーを浴びて受付に戻ると紅茶のサービス。至れり尽せりじゃないですか。でももうハーバルヘルスケアセンターの閉館のお時間をとうに回っていたのでその紅茶をそそくさといただき、センターを後にしました。


4日目 見たこともない木ですから…
 スリランカはこの時期雨季に入ってしまっていて前半は天気に恵まれていたものの後半はほとんど曇りか雨という具合でした。日程も半分を過ぎ、気候にもすっかり慣れてしまった4日目。スッキリしない朝でした。午前中はキャンディ湖周辺の観光です。まずキャンディ・マーケットへ。2階建てで中庭をぐるっと囲んだ構造になっていて、開放的な造りです。1階で食品、2階で衣料やお土産など生活用品を扱っています。まず1階を1周してみると果物やスパイスなど、「スリランカに来たなぁ」と強く感じられるお店がいっぱいでした。果物屋さんでマンゴーを試食してみました。もちろん甘くて、本場もんの威力でしょうか、それほど高いものでもないのにすごく贅沢な気分になれました。
 しかし、ここに限らずどこでもそうだったんですが、商売人の日本語の達者なこと。どこでそんなに覚えてくるの?ってぐらいです。日本語で安心させておいて、ちょっとばかり高い値段をふっかけるなんてことは当たり前なので気をつけてくださいね。

 仏歯寺小一時間ショッピングを楽しんだあと、仏歯寺に向かいます。キャンディ湖に沿って歩いて5分ほどで着きました。仏歯寺にはその名前の通り仏陀の歯が奉納されており、4世紀にインドから隠して運ばれてから、都が移るたびにいっしょに移されて、1590年、最後にこのキャンディの仏歯寺に落ち着いたのだとか。
 さて、門へ向かうと入り口が男性は右から、女性は左からの2手に分かれているではありませんか。え、イスラム教!?と思ったら、単に持ち物検査のために男女を分けていただけなのでした。持ち物検査を通り抜け、お堂のほうへ歩いていくとここでも象さんがお出迎え、日本で言うとこの馬を奉納する感覚なんでしょうか。ここでも例によって裸足で参詣します。この日は特別公開のようで、裏口から入り、一般客とは違うルートを通って、行き着いた先には目にも鮮やかな宝石で彩られた壺とでも言いましょうか...。息を飲むほど美しかったのは確かです。聞けば福井・永平寺から寄贈されたものだとか。このあとロープで仕切られている大統領が演説をするという八角形の堂のバルコニー部分にまで行くことが出来ました。・・・というのは実は行き過ぎなのでして、なんとサラトさんのお兄さんが大統領の側近にあたる人ということで特別にここまで見せていただけたのです。まるでサラトさんが某越後のちりめん問屋のご隠居のように見えました。
 ♪この木何の木気になる木~そんなサラトさんに感謝しつつ、次はペーラーデニヤ植物園に向かいます。ここは総面積5.6平方キロメートルもあり、植物の数は4000種を越えるのだそうです。ここの名物はやはり「♪この木何の木気になる木~」のモデルになっている大ジャワ・ビンローの木でしょう。CMはハワイにある同種の木で撮影しているそうですが、別物とはいえその迫力はすごいものがありました。ちょうど実がなっていて「見たこともない実」を見てしまうというオマケ付きでした。ほかにも世界の著名人の植樹した樹園がありまして、昭和天皇が植えられた樹もありました。
 ここからまたバスに揺られて、ピンナラワへ向かいます。4日目ともなると疲れてきたのかバスの中でしばしzzzして、着いたというので目を開ければ目の前を象の大群が横切っていくではないですか。その光景はまさに「101匹象さん大行進」です。
象 象 象 象 象・・・さすがにこれには一気に目がさめました。ここピンナラワには象の孤児園があり、ジャングルで親とはぐれたり、亡くしてしまった小象たちを保護しているのです。今回は孤児園に近いレストラン「エレファント・ベイ」でお昼です。このレストランの前には川が流れているのですが、ちょうど孤児園の象たちが水浴びに行く時間で、川の中でワヒャワヒャ水遊びする象の大群を眺めながらの食事というなんとも驚愕のひとときを過ごしました。
 多摩川に象大量発生...とかアホな想像をしつつ、今日のお宿のあるマウントラビニアに向かいます。初日から同じドライバーさんで3時間の長丁場という疲れもあったのか、単に運転が荒いのかヒヤリとすることが何度か・・・。スリランカの交通事情ですがまだまだインフラが整備されておらず、舗装はされているものの信号は都心部へ行かないと殆どないという状況です。乗用マウントラビニアホテル車はほとんど(ほぼ全部と言っても過言ではないかも)が日本の中古車で、名物の3輪タクシー、オートリクシャーはインド製で、バス・トラックはインド製、スリランカ製、日本製が3:3:1ぐらいの割合ぐらいで、今回乗ったマイクロバスもトヨタ製だったのでどうも町内会の旅行気分でした。すれ違う車を見ていると日本のままの塗装で走っているものもありました。西武バスとか阪急バスとか近鉄運輸とかアンパンマンの描かれた幼稚園バスとか。
 コロンボに近づくにつれて渋滞はひどくなる一方。車車車というよりもう轟轟轟状態です。一寸ずりのまま進んでとうとう運ちゃん渋滞の根源の交差点めがけて割り込むわ割り込むわ…。渋滞を抜けてほどなくしてマウントラビニアにある、その名も「マウントラビニアホテル」に到着。スリランカを代表するリゾートホテルで、真っ白な外観、ピアノの生演奏が流れる豪華なロビーからもその格式が伺えます。客室からは海が眺められ、たものの天気が…。晴れていたら海に沈む夕陽が綺麗だったんだろうなぁというのが心残りなところです。

5日目 光り輝きすぎる島
 スリランカ最終日はこれでもか!と言わんばかりのいい天気。前の晩到着した後半組の皆さんも合流して、ホテルの出発前に全員そろって記念撮影。この日一日は前半後半組揃って観光します。そのためバスもひと回り大きくなって観光バスタイプになりました。
 この日の最初の目的地はコロンボからキャラニ河を渡った隣町、キャラニヤにある寺院、ラジャ・マハー・ヴィハーラへ。お釈迦様が沐浴したとされるラジャ・マハー・ヴィハーラは紀元前3世紀(!)に今の白いダーガバの基礎が造られたのだとか。ここでもやっぱり裸足になってお参りです。本堂内には仏像もさることながら、鮮やかなフレスコ画の壁画に目を惹かれました。意外と言っちゃ失礼なんでしょうがスリランカ芸術の美しさ、緻密さに正直驚きました。そしてこのお寺では参拝者へのサービス(?)として、手首に「幸せになれる糸」を結んでくれるのです。これが切れたら幸せになれる、要するにプロミスリングとかミサンガの類ですね。単なる木綿の糸なんでしょうが、だいぶお歳を召したお坊さんに結んでいただくので妙にありがたいものに感じました。しかし未だに切レテナーイ…

 みんなでパチリ(コロンボ国立博物館にて)この後はコロンボ市内の観光です。独立記念館ではオランダの植民地時代から独立までの歴史を表した壁画や独立に笑うライオンの石像を見たり、コロンボ国立博物館では仏像やスリランカ名物の悪魔払いの仮面を見たり、「パラダイス・ロード」という雑貨屋でシンハラ文字が1字づつ書かれたおしゃれなマグカップ(すし屋の湯飲みを想像していただければこれ幸い)を買ったりしていろいろ楽しみました。
 この後マウントラビニアホテルに戻って、セイロンツアーさん主催のカクテルパーティーと夕食会だったのですが、この頃にはあんなに良かった天気が一転、激しい雷雨に。楽しいくらい光ってます。帰れるんやろか…?という不安がよぎります。それ以前に折り返しのシンガポールからの到着便が降りられるのかというくらいの激しさのまま、とりあえず空港に向かうことに。


6日目 家に帰るまでが遠足です
 コロンボ発定刻午前1時35分のSQ401便に乗るべく、相変わらず激しい雷雨の中、空港を目指します。途中にはところどころ冠水してしまっているところも…。空港に着いたのは出発の3時間ほど前だったでしょうか。チェックインカウンターの前まで来てお世話になったサラトさんともお別れです。ここで搭乗手続きや手荷物検査をするわけですが、普通にかばんを開けて検査する上にこの時間は出発便が集中していて時間のかかることかかること…。ガラスの仕切り越しにいつまでも手を振っていてくれたサラトさんに今度こそ別れを告げ、出国手続きを済ませ、スリランカルピーを処分すべく買い物をして搭乗を待ちます。しばらくして雨の中、バス搭乗。機材は往路と同じくボーイング777です。帰途につく空しさと眠気が入り混じる中、スリランカを飛び立ちました。あ、機内食は相変わらず平らげましたが…。
 4時間近くのフライトの後、シンガポールに到着。さすがに帰りは空港でじっとしてました。免税店をのぞいてみたりして2時間ほどのトランジットタイムを過ごし、SQ12便、往路と同じくボーイング747-400にてファイナルアプローチです。相変わらず食べて寝てマリオして明日から仕事かとうなだれつつ 17時前、成田に着きました。
 思い出とお土産をいっぱい持って、家路についたのでした。
 後半組が帰ろうかという11月5日、大統領によって非常事態宣言が発令されました。「少数民族であるタミル人分離独立派武装勢力との和平交渉をめぐりウィクマラシンハ首相と対立している大統領が、主導権を取り戻し、和平交渉での発言権を強めることを狙っているためとみられる」ということで後半組の皆さんの帰国が心配されましたが、何事もなく無事に帰ってこれたようです。
 その後、非常事態宣言は撤回されたものの、大統領と首相との対立は続いたままですが、市民生活はいたって平穏無事ということで、観光には何ら支障がないそうです。
 遺跡が好きな人、自然や動物が好きな人にはオススメです。そんなあなたもスリランカへ「ダハッ!」

長谷川 大樹
2003年10月

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