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近そうで近くない、少し近い国 ~西ブータン紀行~[2011年06月08日]

サンチェン・ドルジ・ヘンドゥルプ・ラカンの尼さん

5月末から家族でブータンに行ってまいりました。
ブータンは北はヒマラヤ、南は深い熱帯雨林によって、中国やインドという大国からの侵略を免れてきた国です。 その為、現在でも豊かな文化、習慣を残しており、例えば普段着として民族衣装を身につけている珍しい国でもあります。
近年ではここ日本でもメディアによく取り上げられる国民総幸福量<GNH( gross national happiness)>の国としても知られています。
幸せな国とは聞くものの旅行となるとどういう観光をするのか、そんな未知なる国ブータンを紹介します。

5月29日 まずバンコク1泊

ブータンに行くにはいくつか方法があるが今回はもっとも日本から近いバンコク乗り継ぎで行くことにした。
0時20分発の羽田発のタイ航空でバンコクへ。
4時30分にバンコク到着。

バンコクからパロへの6時50発のドゥルク航空にも間に合う便ではあるが大事をとってバンコクに1泊することにした。
両親にとっては初めてのバンコク滞在だし、タイ料理やアユタヤ観光などバンコクの楽しみは沢山ある。

空港では早朝のためか、列車もバスの運行もなくしかたなくタクシーを利用した。ホテルまで片道で450バーツ。高いが、これしか移動手段がないので仕方がない。ガイドブックによると通常の場合は250バーツ程度。

両替は空港の中ですませたが特に市内でも大きなレートの違いはなかった。

一路両親の待つ、デュシタニホテルへ。空港から市内は渋滞がなければ約30分。日中だと1時間は少なくとも余裕をみたい。

<デュシタニ>
デュシタニはルンピニー公園すぐ近くの観光にもアクセスのよい数ある5つ星の中でもリーズナブルなホテルである。ドライヤー、スリッパ、ミニバー、バスタブ、電気ポットももちろん完備。プールやジム、バーなどの施設も充実。誰にでもおすすめのできるホテルだ。

デュシタニ・ホテルのお部屋一例

レセプション近くのを偶然通りかかった両親と無事合流。

準備をして予め申し込んだアユタヤの日帰りツアーに参加。

以前、私と姉は個人的にはアユタヤを観光したこともあるのだがツアーではなかったので、今回ガイドさんの説明を聴いてまた違った角度から鑑賞できればと思い、2度目のアユタヤ観光をすることにした。

ツアーの内容はまずバンパイン宮殿に立ち寄り、アユタヤのワットチャイモンコン、象のり、ワットプラシーサンペット、ワットマハタートを観光してバンコク市内のホテルまで。ホテルに着いたのが16:00ごろ。

バンパイン宮殿はタイ王室の夏の離宮であり、緑の芝生と世界各国の建築様式を取り入れた建物群が見所である。
象乗りはわかり切っているものの、なかなか楽しい。土日は象のダンスショーもみることとができて、これまた楽しい。象は本当に芸達者である。
ワットシーサンペットは3つの巨大な仏塔、マットマハタートは菩提樹に巻きついた仏頭が有名な場所でアユタヤといえばこれらの場所は外すことはできない。

毎度お馴染みのスポット

バンコクから約1時間で、これだけ見応えのあるものがアユタヤにはあるのでもしバンコクが初めてであれば是非いかれることをおすすめしたい。

夕食時まで16時からは各自自由行動。私はタイ古式マッサージを受けるために「ヌルン・ヌアット・マッサージ・スタジオ」というお店にお邪魔した。

お店は一軒家を改築したような緑が綺麗なモダンで雰囲気のいいお店で、マッサージも痛いものではなく、リラクゼーションのようなものであまりにリラックスしすぎて途中寝てしまった。1時間は350バーツ。お店は次からつぎへとお客さんがやってくる大盛況ぶりだった。

夕食はサヤームスクエアのデパート、セントラルワールドのタイ料理屋さんで。センスのよい店構えのレストランが多く、どれに入ろうか迷うほど。

バンコクには1泊だけしかしないものの、非常に充実した時間をすごすことができた。

5月30日 ワンデュ・ポタンへ

ずっと起きているつもりだったが、ベッドに横になっているうちに寝てしまった。ブータン、パロに向かうためのドゥルク航空6:50発の便にのるため、ホテルを4時にでなければならない。幸い早めに寝ていた父に起こされ無事ホテルを出発。

タクシーで空港まで500バーツ。早朝だし、4人乗りだし荷物が多いから少々高めでも仕方ない。朝の高速は空いており約20分でバンコク空港に到着。

ドゥルク航空のカウンターはチェックインカウンター「W」、空港内 一番端だ。すでにブータン人が沢山電化製品をカートに積んで列をなしていた。

チェックイン後、ホテルに事前にBOXの朝食を食べて時間を潰す。
まだ朝5時だというのにバンコクの空港内のお店はほとんどがすでに営業していた。

ボーディングが始まり、飛行機まではバスでゆく。バスの中しばらくまたされる。飛行機に乗るとすぐに動きだし、離陸。
飛行機は7、8割の混み具合。

途中インドのグアハティにて経由があり、30分間機内待機。
バンコク/パロ間には曜日によって幾つかルートがあり、経由地は異なる。( 帰国時はインドのバグドグラ経由だった)

機内食はインドのグアハティまでに1回、朝食がでて、グアハティからパロまでにドリンクとピーナッツが1回でた。
朝食はベジタリアンかノンベジの2択。私はもちろんノンベジ。

機内食

そして10:15パロに到着。
谷間にある空港らしく、山肌きわきわの低空飛行にて着陸。

空港はブータン建築で、大いに気分を盛り上げてくれる。
伝統衣装のゴを纏った入国管理官のパスポートコントロールを受け、ブータン入国。

ドゥルク航空のカラーリングが好きだ

今回現地をお世話してくれるサンゲさん、ドライバーのキンレイさんと合流。サンゲさんはハ出身、年齢は28歳の好青年で、日本語も上手。私の両親が様々な質問をなげかけるのだが、よくブータンの事情もご存知で両親も満足。ブータンのいろいろなこと(政治のシステムやら松茸のことまで)を知ることができた。

サンゲさんの話の中で、一番私が感心したのはブータンにインターネットとテレビが解禁してすでに10年以上経つが他の国のように検閲は設けず、GoogleもYouTubeも当然のように見ることができることだ。国民の良識を信じた上でメリットのあるものは取り入れる、素晴らしい判断だと思った。

この日は西ブータンの交通の要の町、ワンデュ・ポタンへ。
ワンデュ・ポタンはプナツァン・チュという川から谷沿いに広がる棚田と白いゾンが美しい景勝地だ。

まず空港から首都のティンプーへ移動。約1時間半。

ティンプーはこれまでの景観と打って変わってかなりの賑わいのある町である。
ティンプーでは現地通貨ヌルタムへの両替をする。
といってもツアーには食事代や入場料などはすでに含まれているのでそこまで両替する必要はない。1ヌルタムは約2 円。( 結局我々4人家族で5泊、お土産代金含めて計150 ドルを使い切ったので一日8 ドル程度が予算の目安となるだろう。)
紙幣のデザインは5代目国王のものもありカッコ良い。

5代目国王

ティンプーの銀行には郵便局も併設されているのでそこで日本に送る用にポストカードやら切手などを購入。
その場で写真をとってくれてすぐに切手にしてくれるプリクラのようなサービスもあり。早速我々は記念に作成。

まるでプリクラ

ティンプーから約1時間半、ドチュ・ラという峠にて一時休憩。ドチュ・ラは標高3000メートルを超えるポイントである。
この近くにある、天気のいい日にはヒマラヤも見渡せるというレストランにて昼食。

私、この旅で気にかかっていたのは食事だった。本場のブータンの料理は世界一辛いと聞いていたが、旅行者用にアレンジされているといえども果たして美味しいのか不安であったが杞憂であった。
日本人にも馴染みのある食材(ジャガイモ・アスパラ・牛肉・タマネギ・ナスなど)で辛くなくとも大変美味しくいただくことができた。しかしビールは日本と製法が違うのか、私には合わなかった。もちろん輸入のビールもあるので心配は無用。
(ホテルやレストランではビール一本100~130 ヌルタム)

ランチ

ドチュ・ラから約2時間。午後3:30ごろワンデュ・ポタンに到着。
ホテルはドラゴンネスト。

<ドラゴンネスト>
プナツァン・チュという川のほとりに建つホテル。ここからの景色は美しく、ワンデュ・ポタンの景観を満喫できる。
室内は清潔で広々しておりテラスが気持ちいい。
バスタブ、ドライヤー、ミニバー、スリッパ、ポットはなし。
有料でインターネット利用可能。

ドラゴンネストのお部屋一例

しばらくこの周辺を散歩して午後6時半に夕食。
昼食と同じく美味で満足。


5月31日 プナカヘ

朝6時にガイドさんと朝の散歩。
リンチェンガンという村にゆくためだ。
昨日のフリーの時間に行こうとしたが道が分からなくて断念。夕食の時にガイドさんに聞いたたら、本日案内してくれることとなった。

ガイドさんが連れてくれた道はかなり細く、これはガイドブックを頼りにしていたとしてもかなりわかりにくい。

リンチェンガンはなだらかな山の斜面にある小さな村である。伝統的な家屋や家畜を飼っている家庭があり、昔ながらのブータンの生活をみることができる。

窓のおじさん

リンチェンガンの子供たち

朝の散歩がおわり8時から朝食。
朝食はトースト、炒めたハム、煮た豆それに目玉焼きだった。

ドラゴンネストの朝食

9時前にホテルをチェックアウトしワンデュ・ポタン・ゾンへ。
美しい山の尾根に横たわるワンデュ・ポタン・ゾンの姿は町のシンボルだ。ゾンは僧院と役場の合わさった場合が多くこのワンデュ・ポダン・ゾンもその一つだ。奥には本堂があり、若いお坊さんがお経を唱え勉強中だった。
ゾンでは、帽子やスカート、半ズボン、ノースリーブはNGである。
また本堂では写真は厳禁。

お坊さんが覗いていた

その後、ワンデュ・ポタンの商店街をしばらく見学。青空市場もあった。

青空市場

そして次なる町、プナカへ。
ワンデュ・ポタンからプナカは約40分。
プナカは1955年までその気候から「冬の首都」としていた由緒ある町だ。
プナカより1000メートルも標高のたかいティンプーでは冬が厳しい。現在ではティンプーが通年首都となっているが、ブータンの仏教界では未だにその慣習はつづいているようである。

チミ・ラカンを見学。
ロベサ村の棚田を見下ろす小高い丘に建つ寺院。この寺院は子宝の寺として有名だそうだ。ガイドさんの話によると実際、日本人のご夫婦がここでお祈りを捧げて赤ちゃんを授かったこともあるそう。スペシャルリクエストで1泊することもできるらしい。
建物の外では小学生低学年くらいの幼いお坊さんたちが草笛の練習をしている。中にはじゃれてあそんでいたりする子もいる。お坊さんといってもまだまだ遊びたい盛りなんだろう。

ピストルのおもちゃはあり?

袈裟を脱ぎ捨て遊ぶ

チミ・ラカンを見渡せるオシャレなレストラン、チミ・ラカンカフェテリアで食事。

チミ・ラカンのレストラン

プナカ・ゾンへ。
プナカ・ゾンは流れの早い父川と流れの緩やかな母川の合流する中州に建立された、ブータン中のゾンの中でも規模、彫刻、壁画、内装の美しさは1、2を争うほどのゾンだ。丁度私たちがたちが訪れたとき、冬の間、プナカにて拠点をおいている高僧が夏にティンプーに移動するための式典をするそうでテレビ中継の準備をしていた。

観光終了後、15:00ごろホテルへ。

<サンドペルリ>
ホテルはサンドペルリ。
プナカの町を見下ろす高台に位置するホテルである。
部屋は広めでブータンらしいデザインが◯。ここのタオルはゴワゴワするのでできればフェイスタオル持参がベター。
バスタブはあるが、ドライヤー、ミニバー、スリッパ、ポットはなし。有料でインターネット利用可能。

サンドペルリのお部屋一例

しばし休憩したあと、ガイドさんの計らいで今年開設された尼さんの寺院、サンチェン・ドルジ・ヘンドゥルプ・ラカンを観光。
ホテルよりももっと坂の上に建てられており眺めが非常によい。
尼さんといっても高校生くらいの方が多くて、今回見たお坊さんの中でもっとも熱心に勉強していた人が多かった。ガイドさんを通訳として話を聞くと、小学校、中学校は普通の学校に行っていたそうだが、卒業して自分の意思で出家したという。日本では考えられない世界だ。

サンチェン・ドルジ・ヘンドゥルプ・ラカン

サンチェン・ドルジ・ヘンドゥルプ・ラカンの尼さん

夕食のあと就寝。


6月1日 ティンプーへ

昨日訪れた尼寺で朝のお勤めを毎朝しているそうなのでガイドさんにお願いして、運良く拝見する機会を得た。

お勤めは朝4:30から6:00まで行われているそうで、私たちは5:30に到着するように出発。厳かな雰囲気の中、2列・2列で向かいあった60人ほどのお坊さんがお経を唱えていた。お経にもいくつかパターンがあるようでメロディのあるようなものや合唱するものもあるし、各自で祈るものもあった。お坊さんの内、仏壇にお供え物をしたり、読経するお坊さんに清めた水などを配るなどお世話する方が3人いらっしゃって、その方達より私たちはミルクティーやビスケットをいただいき、お勤め中に申し訳ないと思いつつ頂いた。その中の一人の方がハート形のキーホルダーなどを袈裟からぶら下げていた。皆丸坊主で当然化粧もしていないのでそれが唯一女性的なものだった。

朝食の後、8:30に出発。プナカからティンプーは約3時間。

途中、夏の都、プナカからティンプーに向うお坊さんに人目会おうと村中の村人が通り沿いに集まっていた。村人総出。ブータンの人の信仰心は根深いものがあるのだなぁと感心した。

村人たち

往路でも通過したドチュ・ラにて一寸休憩。

そしてティンプーへ。
まずホテルにチェックイン。

利用ホテルは<ミグマーホテル>。
2009年にオープンした比較的新しいホテルである。
弊社よく使うのはドラゴンルーツというホテルなのだが、今回はティンプーで国際会議があるそうで利用できなかった。ドラゴンルーツの部屋だけは見せてもらえたのでそれと比べると、ロケーションはメインストリートより車で15分程度離れているので多少買い物には不便である。しかし、室内の設備や清潔さ、サービスの面からはドラゴンルーツのワンランク上という印象。
バスタブ、ドライヤー、ミニバー、スリッパ、セーフティーボックスあり。WIFIも無料。

ミグマーホテルのお部屋一例

しばらく休憩して観光開始。

最初はブッダポイントとよばれる、いまだ建設中のティンプーのシンボルとなるであろう仏像を見る。非常に巨大な仏像で、ティンプーの町どこからでもこの仏像が見える。

建設中だが敷地内には入れます

昼食はガイドブックにも載っているオーキッドレストラン。
伝統的なブータン料理を外国人用にアレンジしてくれたものでこれまた美味。ブータンのビールのレッドパンダビールがある。以前飲んだビールのよりも私はこちらの方が好き。

レッドパンダビールは沈殿物(酵母?)がしたにたまっているのが特徴

そしてメモリアルチョルテンへ。
メモリアルチョルテンはティンプーのお爺さん、お婆さんの憩いの場だ。3代目国王の意思で建立されたものであるが、特にお墓や記念の意味合いはない。
朝から午後までお爺さん、お婆さんは仏塔の回りを歩く。疲れたらマニ車のところで休憩する。中には息子や娘が会社に出社するときに合わせて一緒にお弁当を持って家をでてこの仏塔をぐるぐる回り続けるらしい。

休憩中

【チャンガンカ・ラカン】
丘陵に建つティンプーの中でも指折りの伝統あるお寺。こじんまりした講堂があり、所狭しと若いお坊さんがお経を唱えている。ティンプーだけあり観光客がひっきりなしに入るため勉強に集中できないだろうなぁ、と申し訳なく思った。

【モティタン動物園】
世界の珍獣、ターキンを見ることができる動物園。今回、動物園と便宜上使っているが実際はターキンと子鹿しかいない。
大きなフェンスで放牧されているのだが餌箱がフェンス近くに設置されているので珍獣を間近に見ることもできる。
動物園の近くで機織りをしている地元の人達もいる。

珍獣ターキン

ティンプー市内に戻りショッピング。
私はマグネット(150ヌルタン)とピンバッジ(100ヌルタン)を購入。町自体は大きくなく1時間30分あれば大体のお店をみてまわれる。1万円を超えるような高い商品を扱う店であればクレジットカード使用可能だが、基本あまりカードの使い勝手はよくはない。
スーパーマーケットもあるが、品揃えはタイやインド製品が多い。

ブータンで一番忙しい交差点だが犬が寝てる

時計広場ではボディービルの大会が開かれるらしく、ステージが組まれていた。

買い物したあとタシチョ・ゾンへ。
ティンプー・ゾンとも呼ばれるブータンのゾンの中でも最も規模が大きく由緒あるゾン。
地方のゾンと同じく、役所と寺院の機能をもった建物ではあるが、王族や首相の執務室はここに構え、ブータン仏教界の総本山でもある。まさにブータンの政治と宗教の中心と言える場所だ。
大きさとそのブータン様式の建築美に誰もが圧倒されるだろう。

タシチョ・ゾン

夕食はドリームガーデンというティンプー近くのレストランにて。
ここでは食事前に手軽に伝統舞踊を見ることができる。
まさかブータンの舞踊「チャム」を見ることができるとおもっていなかったので嬉しい驚き。様々な民族の躍りをここでみることができた。

チャム

6月2日 ハへ

ティンプーからハへ出発。
ハはティンプーからさらに西に車で4時間。2001年から外国人の観光客が訪問できるようになった小さな町である。その分、まだ観光客も少なくレストランやホテルはまだまだ開発途中だが、昔のブータンらしい景色が残り、そこの人々も珍しそうに観光客を観察する。カメラを向ければ恥ずかしそうに顔を背ける人も。そんなまだ懐かしい風景が残る町がハだ。

ティンプー出発後約1時間、山道を抜け途中ドブジ・ゾンという丘の上に建つゾンがある。そこで車を停めて写真ストップ。高低差のある大きな谷とその上に建つゾンはブータンらしい美しい風景だ。ゾンへは車を降りて細い道を歩いて行くことになる。

更に1時間、山道をゆくと大きな小学校があり、子供達が外で何か作業をしているのが見える。小学校にお邪魔してよく見てみると穴をほってそこに木の苗を植えている。ガイドのサンゲさんに聞くとブータンの6月2日は自然を守る日だそうだ。もともと6月2日は第4代目国王の戴冠式の日であった。そのGNHの父である4代目国王はGNHの柱として良い政治・文化推進・経済的自立・自然保護の4つ唱えており、その一つの自然を守ることを政策の一つとしている。そのため6月2日にはこのように一人一人が木を植える日に制定しているそうである。学校に属している人や公務員はもちろん、一般の人も苗木が無料で配られるそうだ。

木の苗を植える

どんどん車を走らせるとぽつぽつと民家が見えてくる。
ここがハだ。さらにしばらく行くと5軒位の商店街が並ぶメインストリートに着く。ホテルはそのメインストリート真ん前のホテルにラユル。

<ラユル>
ウッディーな暖かみのある小さなホテル。ロケーションはよく、外国人でも利用しやすいレストランを備える。
部屋は狭め。バスタブ・ミニバー・ドライヤー・セーフティーボックスなどの設備はない。WIFIもなし。

ラユルのお部屋一例

ラユルにて昼食を食べたあとに、ハを観光。

【ゲチュ・ラカン】
ハの町の西の端にあるこじんまりお寺。残念ながら、お寺に入るための鍵の持ち主の方が不在で中は拝見できなかったが、それまでの細い道田舎道は景色がよくみる価値がある。


【ラカン・カルボとラカン・ナクポ】
日本語で白寺と黒寺という名の通り建物の色がそれぞれ異なる。
白寺の裏手、徒歩5分程度のところに黒寺がある。
ここでは100人を超える僧侶が勉強に励み、黒寺では3日間など短期間こもりきりの修行をすることもあるそうだ。

その後、ハの町をウロウロ。10分程度で村の中心は見てまわれるがこののんびりした風景や空気感は他の都市では体験できない貴重なものだ。

古い町並み

ハの人々

夕食を食べて就寝。


6月3日 パロへ

朝食を食べ朝6時にホテルを出発。
この日はハからパロへ。パロではタクツァン僧院、ブータンの農家を訪問する。
パロへは約3時間の移動。

出発から1時間後、チェレ・ラという今回通過する中で一番標高が高いポイントに到着。3988メートル。富士山より高いと聞くと、高山病になりやすい私はぞっとするのだが、車で通過するだけなのでなにも問題はなかった。

更に1時間後、ニシオカ・チョルテンを訪問。
日本人の西岡京治さんというブータンの農業分野に多大な貢献を果たし、ブータンの政府よりダショウの称号を与えられた人物で、記念仏塔が建てられている。また近くからはポンデ村の美しい棚田の風景を見下ろすことができる。

美しい棚田

パロに到着。
パロの市内からタクツァン僧院への駐車場は約25分。
近づくにつれて切り立った岩肌に建つタクツァン僧院が見える。ここをのぼるのか、と少し登れるかどうか不安になる。
タクツァン僧院の入り口は標高約2400メートル。タクツァン僧院は標高約3000メートルに位置する。
車を降りると沢山の馬が見える。馬で途中のレストランまで移動ができるそうだ。その場合は一人500ヌルタム。ただし往路のみで復路は危険なので自力で降りる必要がある。

駐車場から歩き始めて約1時間、途中のレストランにて休憩。
天気が良いのでよかったものの、急な坂道で登りにくい道が多いため、想像していたよりもハード。強い雨の日などは観光できなくなることもあるそうだ。

タクツァン僧院までの道のり

レストランから更に約40分、坂道を登り、石の長い階段を昇り降りしてようやくタクツァン僧院に到着。

タクツァン僧院

タクツァン僧院は英語でタイガー・ネスト(ここにくる観光客の中にはこの山に虎がでると思っている人もいる)。ブータン仏教の祖であるグル・リンポチェは虎にのってここにやってきたといわれる。そのグリ・リンポチェが3ヶ月瞑想したといわれる洞窟がいまだに僧院の中に残っている。

帰り途中のレストランにて昼食。

もとの駐車場に戻ってきたのは14:30。この駐車場から出発したのが9:30なのでタクツァン僧院の観光に約5時間を要したこととなる。この旅でもっとも体力のいる観光ではあったが、展望台から見えるタクツァン僧院はさすがに美しくまさにブータンのシンボル、今回の旅行のハイライトあった。本当に行ってよかった。

その後、一旦ホテルにてチェックイン。

ホテルは<ナムセイリゾート>
パロの中心からは5分程度、若干離れた未舗装の道路沿いにある。
ホテルのメインのビルディングと、いくつかの棟に分かれている。
部屋は広めで清潔、ブータンらしい部屋のデザインもよい。
ミニバー、セーフティーボックス、スリッパはなし。バスタブ、ドライヤーはある。WIFIは無料。

ナムセイリゾートのお部屋一例

そして、民家訪問の前に時間があったのでお土産に立ち寄り。
私はティンプーよりもパロのお土産屋さんの方が整然としていてバリエーションも多いように感じた。お寺で見かけて前々から気になっていたソーラーマニ車(380ヌルタム)を購入。太陽光で自動的に回転してくれるのでこんなにありがたいものは他にない。

今回の訪問する農家のお宅はドライバーのキンレイさんの実家である。ブータンには他の家庭を訪問する際には手土産をもっていく習慣があるので何か日本でお土産を購入しておくとよいとのこと。私はカステラをもって行った。

キンレイさんのお宅は昔ながらのブータン建築で、1階が家畜小屋、2階が倉庫、3階にキッチンやリビングなど生活空間がある。大きな仏間があるのがブータンらしい。
ご家族はご両親と娘さん。キンレイさんには2人の弟さんもいらっしゃるが別に暮らしているそうだ。

まずブータン名物のバター茶をいただく。しばしガイドさん(通訳)を介して歓談。

バター茶

テレビではティンプーの時計広場で準備が行われていたボディービルダーの大会が生中継されていた。ボディービルの大会なんて初めてみた我々は興味津々。ガイドさんに、ブータンではボディービルが人気なのですか?と尋ねると 「まだそんなに人気ない」とガイドさん。

ティンプーから生放送

石焼の風呂「ドツォ」の準備ができたというので、様子を見に行く。
ドツォは家の中ではなく、畑の横の空地に木の風呂桶がぽつんとある。すでに石が桶に入れられており、熱湯になっている。それを水道水で調整してくれて、自分の好みの温度に調整。私が片足を浸し、「熱い、熱い」といって水を入れてもらっていると、ガイドのサンゲさんが「ブータン人はこれで丁度いい」と言う。ブータン人は日本人よりも温泉好きかもしれない。

シートで即席の脱衣所をつくってもらい入浴。
最初はさすがにこの大自然の中、無防備にも全裸で入浴するのは戸惑いがあったが、湯加減も丁度よく普段シャワーばかりの生活だったので、入ってしまうと非常に気持ちがよかった。

大自然の中のドツォ

ドツォの近くの光景はこんなにのどか

そして家に戻り、今後はブータンの民族衣装であるゴに着替える。男性はゴ、女性はキラ、ブータンの一般の人々のほぼ100パーセント近くはこれを着て生活している。

ガイドのサンゲさんに着付けをしてもらう。
外見も美しく、見た目よりも動きやすい機能的な衣服である。

ゴを着たままブータンの家庭料理の夕食。
春雨のようなスープに、唐辛子入りの塩茹でグリーンピース、干したナスと牛肉の見込みと赤米のご飯。最初は食べられるかな、と不安だったが美味しく食べることができた。

ゴを着て食事

優しく迎えてくれ、さまざまな体験をさせてくれたキンレイさんのご家族に感謝。19:30ごろにご家族とお別れし宿泊先のナムセイリゾートに向かった。

6 月4日 帰国の日

もともとは11時台のドゥルク航空に乗る予定だったが、ディレイとなり、15時台の出発となった。
そのためチェックインまでの時間にパロを観光することにした。

【キチュ・ラカン】
ブータンでもっとも古いお寺。7世紀、チベットを初めて統一したソンツェン・ガンボが 建立したといわれる108の寺院の内の一つ。地元の人々が集まるこぢんまりとしたお寺であるが、厳格な雰囲気が感じられるスポットだ。

【国立博物館】
パロの丘に建つブータンで2つある博物館の一つ。(もうひとつはトンサにある。) もともと見張り台だったものを博物館に改築。円形の複雑な構造となっている。様々な文化財が展示されているが中でもブータンの切手コレクションが面白かった。別館で写真展示室もある。

【パロ・ゾン】
国立博物館とならんで夜にはライトアップされるパロのシンボル的な存在。ゾンの中でも均衡のとれた美しいデザイン。寺院の入り口には幼い修行僧が御守りを販売している。

パロ・ゾン

昼食は母がパンを食べたいというのでパロのパン屋にゆく。
ブータンにも町のパン屋さんがある。ケーキも売っているが、パンは食パンとコッペパンの二種類。コッペパンにはクリームを挟んだものもある。一つ10ヌルタムから。

パンを買って、パロの空港へ。
空港内にはガイドさんは入れないのでここでお別れ。
ガイドのサンゲさん、ドライバーのキンレイさんには大変お世話になった。カリンチェラ。


おわりに

旅行終えて感じたのは、観光地としてのブータンは発展途上の部分もあるということ。ホテルの選択肢はまだ多くはないし、レストランで出される料理もバリエーションは限られている。トイレ事情や道路も山道やデコボコで状況は良くはない。またブータン人は信仰深くのんびり、よく言えば寛容である。並のサービスは高級ホテルや高級レストランでない限り期待はできない。日本人とは外見的には似ているけれども性格はそこまでは似通ってはいないように思う。

それでも多くの人がブータンに憧れ、旅をするのはなぜか。

私はこの旅行を終えるまで、ブータン国民の幸福度が高い所以はブータンが経済的に発展途上にあり、また長年文化的に閉ざされていたためと考えていたが、決してそれだけではない。
私達にとって日々の生活は、代わり映えのしない毎日かもしれないがブータン人は自分達の暮らしに対して当然のものとして、すべてを受け入れて 子供からお年寄りまで穏やかな表情で 過ごしている。
それは深い仏教信仰やブータンに対する誇り、高い水準の社会福祉、仕事と余暇のバランス、さまざまな要素がもたらしていることなのだろう。

日本をはじめ先進国とよばれる国々はより良い暮らしを求めて今日まで経済的には発展したものの、その過程で何かを欠落してしまったのかもしれない。
先進国が進むべきだったかもしれないもう一つの未来、それを私たちはブータンに希望と憧れを見出すのかもしれない。

近代化に伴い様々な問題を抱えていくだろうが、きっとブータンではあれば素晴らしい発展をしていく。現地に生活する人々を見て強くそのように感じた。

2011年5~6月 橋本

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