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仏教のはじまり、インドを旅する。~のんびり観光西インド9日間~[2011年12月28日]

  宗教、特に仏教に興味がある者には避けては通れない道、それがインドという国である。
インドといえば象の姿や青色で豪華絢爛な衣装を纏った神々が真っ先に頭に浮かぶかもしれない。その神様はみな、ヒンドゥー教の神々である。わたしたち日本人にとっては、少し派手な神様達だ。
現在、インドのメインの宗教はヒンドゥー教で、現在80パーセントほどを占めている。その次の割合を占めるのがイスラム、ジャイナ、シーク、キリスト・・・そして仏教である。
  日本の主な宗教、仏教は中国から渡来してきた。しかし、そのルーツを辿ってみれば中国よりその先のインドが仏教発祥の地だということが分かる。ネパールのルンビニで誕生したブッダは、その後インドに拠点を移した。北インドのサルナートやブッダガヤ、クシナガルなどには深い縁、遺跡が今日も残っている。
だが、インドは広い。全土にも仏教遺跡が数多く残っているのだ。
今回はそんな仏教遺跡を、ほんの一部だが訪れてきた。

デリーに1泊したのち、ジェットエアウェイズで西インドのオーランガバードへと向かう。日本の方言と同様に、インドでも州によってヒンディ語とその州独自の言葉を話す。このオーランガバードではヒンディ語の他にマラティ語が話され、道路等の公共標識にもマラティ語が使用されている。広いインドのことである。北と南では全く言葉が分からない、ということが多々あるそうだ。

今回はこのオーランガバード、西インドを拠点として、仏教遺跡巡りをする。
デリーなどの北インドは冬の時期は日本と同じように寒く息も白かったが、西インドはあたたかい。というか日中は暑い。日焼け止め対策と、帽子は必須だ。

オーランガバードからはアジャンタとエローラという石窟群にアクセスがよい。ここに3泊してじっくり遺跡をみてまわる。インド旅行は1泊してすぐ列車、次に別の都市へ、という旅のスタイルが多いが、正直わたしには合わない。日数に制限があるならば仕方ないが、せっかく訪れたのならばゆっくり色々な場所をまわってみたいものだ。

●アジャンタ石窟群

オーランガバードから車に揺られること片道2時間。くねくね道を抜け、山を越え、アジャンタ遺跡到着。人里離れた山奥である。
駐車場から更にシャトルバスで10分くらい。遺跡の入口にようやく辿り着く。ここまでの移動で結構疲れてしまっていた。長時間かけてきた価値がないと困るなと思いつつ、急な石の階段を駆け上がる。
  胸が高鳴った。急階段を勢いよく駆けたからではない。その遺跡の広大さを目の当たりにして、これから見る遺跡群に対して期待せずにはいられなかったのである。

  アジャンタ石窟は紀元前1世紀ごろの前期石窟と紀元後5世紀の後期石窟に分かれる。歩き出すとすぐ、その人の多さで第1窟がハイライトであることに気付く。

入ってみると、壁画や仏像の保存状態の良さ、完成度の高さに驚かされる。これが1500年以上前の石窟だとは、信じられない。

【側でブッダを護る蓮華手菩薩】
  この蓮華手菩薩の壁画が、法隆寺の金堂の菩薩像のモデルとなったといわれている。実に艶めかしく美しい。こんなに美人の神に護られてブッダは幸せだな、、、と野暮なことを考えた。
美しいのはこの壁画だけではなく、四方にある、ブッダの人生が描かれた壁画も見もの。それらがまた生き生きと描かれており、とても美しい。
現地ガイドさんが教えてくれたが、アジャンタ遺跡は見所、説明する箇所がありすぎて、すべてを事細かに説明すれば1週間以上はかかってしまうそうだ。

いくつかの石窟を見て進むと、これまでの石窟にはなかった形のものが現れた。

これはストゥーパ、つまり仏塔である。日本の卒塔婆という言葉は、このストゥーパからきている。ブッダの遺骨を納めた塔の事だ。このストゥーパを中心として、壁画や彫刻が周囲を囲んでいる。ストゥーパのある石窟は礼拝堂として使用されていた。

【骨組みの曲線が美しい】
足を進めて終わりに近づく。途中途中でかごに乗らないか?と運び屋(?)の人たちに声をかけられたが、そこは自分の足で頑張りたいと意地を張ってみた。気温は34、5度くらいだっただろうか。無事に帰りたいなら、水の持参。これだけは忘れないでほしい。

石窟内は観光客がいなくなると途端に静寂に包まれる。先程までの喧騒とはうってかわって、神聖な空気。

最後の見所、第26窟の涅槃像は見事の一言に尽きる!インド最大の涅槃像だ。写真に収まりきらない大きさ。

下の人々はブッダの入滅を悲しんでいる弟子達、上はブッダの魂を待って笑みを浮かべる天上人達の様子が彫られている。写真ではよく見ることができないが、実際見ると表情豊か。

アジャンタ遺跡が発見されたのはとても遅い。1819年トラ狩りに山奥を訪れたイギリス人によって、石窟が開かれて1000年以上経ってから、その存在を認識された。その間誰にも踏み込まれることのなかった事で、石窟の美しさを維持できていたのだろうか。これからもその美しさが色褪せることなく維持できることを願う。

●エローラ石窟群

アジャンタの翌日はエローラ遺跡だ。アジャンタとエローラ、1日で両方訪問する場合もないわけではないそうだが、両遺跡は真逆に位置しているのでせわしない観光になってしまうだろう。2日に分けて行くのがおすすめだ。
さてこのエローラ遺跡だが、あるのは仏教遺跡だけではない。ヒンドゥー教、ジャイナ教寺院も同時にある石窟群なのだ。
まずはじめは仏教遺跡。

○仏教遺跡〇

7~8世紀頃の石窟。アジャンタ遺跡は仏教が最盛を極めていた時期だったが、この頃になると徐々に他の宗教が台頭し始め、仏教が後退していく。そんな時期の石窟だが、礼拝堂は大変立派で、僧院も広大だ。当時衰えていたとはいっても、熱い信仰は維持されていたということがうかがえる。

【ここで修行僧達は暮らし、祈り、生きたのである】

【右と左で、印の結び方が違う】

○ヒンドゥー教遺跡群○

【有名な第16石窟】
この素晴らしさをどう表現したら良いだろうか。約150年かけて建てられた第16窟の彫刻は、どの彫刻を見ても圧倒的美しさで眩暈がしそうだ。その細微までこだわった彫刻の美しさには目を見張るものがある。

○ジャイナ教遺跡群○
ジャイナ教の発祥は古く、仏教と同時期に成立した宗教である。ジャイナ教寺院の仏像の特徴は、衣服を身にまとっていない裸像だということ。不殺生、無所有の考えが強いため、仏像も服を着ていないのだという。

それぞれの神をつかさどる植物、動物たちの彫刻がとても綺麗だ。

エローラ石窟群で感じたこと。この遺跡は、まさにいまのインドを象徴する遺跡ではないだろうか。仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の3つの宗教遺跡が混在するこのエローラ。様々な宗教が共存しているいまのインドと似ているような気がした。

ランチ後、遠くにエローラ石窟が一望できるレストラン裏にて、スルーガイドさんと一枚。

●ピタルコーラ遺跡

エローラ遺跡からさらに40㎞行ったところに、アジャンタ石窟とほぼ同時期に建てられた、ピタルコーラ仏教遺跡がひっそりと存在している。
日本人はほとんど訪れない。今回一緒だったスルーガイドさんも初めてだそうだ。
<写真 375>
現在、多くの石窟や僧院は長い年月を経てほぼ崩れた状態。ほぼ見所という見所はないが、唯一原型をとどめているのが、ストゥーパがあったと思われる礼拝堂。柱や側面には壁画がところどころ残っていて当時の面影がある。

ここで彼らは毎日修行を積み、祈りを捧げていたのだ。スピリチュアルな事を言うわけではないが、彼らの思いが依然残っているような、強い神々しい空気を感じたのは確かである。

ガイドブックにもほとんど説明がなく、インド人ですら一日にほとんど訪れないという穴場中の穴場遺跡。遺跡に目がなくて、他の仏教遺跡は観光客が多くてゆっくり見学できないという方にはおすすめの場所だろう。わたしが訪れたときにも、地元のインド人らしい家族連れしかいなかった。

ここでオーランガバードとはお別れ。列車に乗って次の目的地「ボパール」へ出発する。
また州が変わり、ボパールはマディヤ・プラデーシュ州に位置する。ここの人たちは訛りなどのない純粋なヒンディ語を話すそうだ。
この旅初めての列車乗車。旅行客が通常乗るのは2等エアコン付きの車両だ。折り畳みで椅子にもベッドにもなる長椅子は思っていたより過ごしやすい。チャイやスープ、軽食などの売り子さんの声や、隣にいるインド人家族の談笑(もちろん何を言っているのかはさっぱり)を聞いていると、ああ、異国にいるんだなあという実感がじわじわ沸いてきた。インドの列車は時折スリがあったり遅延が頻繁だったりと問題は多いが、個人的にわたしはとても気に入った。

●ボパール そして宮殿ホテルへ

ボパールはマディヤ・プラデーシュ州の州都である。よって州のお偉いさんの豪邸や中央裁判所などの建物が多い。そしてとてもきれいな街だ。長さ45㎞にも及ぶ美しい巨大な湖があり、観光スポットにもなっている。

この日滞在したのは宮殿ホテル。
インドではホテルは星の数ほどあるが、その良さはピンからキリまで。バックパッカー用のゲストハウス、エコノミーホテルから中級クラス、最高級まで色々だが、その中で宮殿ホテルというものがある。各地のマハラジャたちが住んでいた宮殿を改装して宿泊施設にしたものだ。ボパールのNoor Us Sabah Hotelは1920年代に建てられた宮殿だそう。地下1階からお部屋がある。

【設備は少し古めだが、宮殿ホテルならではの上品さが漂っている】

【ドライヤーやスリッパもあり、設備は十分】

【広い中庭】

このホテルの良いポイントは、小高い丘にあるため広い湖が一望できるという点。
朝食を取りながら湖を眺める時間はなんとも贅沢だった。のんびりいいホテルに滞在してリラックスするというのもインドの旅のスタイルの一つだろう。

【ホテルから見える湖のほとりで】

●サンチー遺跡

ボパールに滞在した理由、それはサンチー遺跡に行くためだ。ボパールから車で1時間半、サンチー到着。こぢんまりとした村だ。遺跡は小高い丘の上にある。
サンチー遺跡は紀元前2~1年前にアショーカ王によって建設されたインドの中でも特に歴史ある遺跡だ。独特の形の、直径37mにもなる大きな半球状のストゥーパ(仏塔)、そしてそれを囲む4方の門(トーラナ)。不思議なかたちの仏塔だけでも見ごたえがあるが、この門の彫刻が細微までこだわっており、非常に美しいまま現在まで残っている。

【トーラナは4つとも彫刻が全て違う】

門の端々にあるうずまきは、実は終わりがない。うずは知識を表しており、「知識は、始まりはあるが、終わることはない」ということを意味している。

【深い意味のあるうずまき】
また、4頭の馬はそれぞれ2つの顔を持っている。1つは仏塔(宗教)の方を、1つは外側、つまり世界(宇宙)を見ており、これは「世界なくして宗教なし、宗教なくして世界なし」という考えを意味しているそうだ。彫刻1つ1つに、大きな意味がある。

【一段目の列に4頭のお馬さん】

個人的には今回巡った中で、サンチー遺跡が一番気に入った。規模自体はアジャンタやエローラに比べて小さいが、いつまでも見ていられる素敵な魅力を持った遺跡だと思う。

●インドと宗教

  さて、西インド中央インドを旅し、帰国のために再びデリーに戻ってきたわたしに深く印象に残った出来事がある。それはシーク教寺院に訪れたことだ。

  シーク教とはデリーより北部のパンジャーブ州をメインとする、人間の平等を唱える宗教である。男性は生涯髪や髭を切らず、ターバンを巻いて生活する。
わたしの旅のスルーガイドさんはパンジャーブ州出身のシーク教の人だった。デリーで時間が余ったので、宗教に興味があるなら行ってみる?と提案してもらい、チャンドニー・チョウクのシーク教寺院に立ち寄ってみた。
寺院の外には他宗教の人々やわたしのような観光客のための訪問所を設置しており、数ヶ国語のパンフレットも用意されている。寺院内では、無償で食事を提供する食堂がある。そしてお祈りをする大広間。
その大広間で、尽きることなく音楽が演奏され、教徒たちは長い列をなして順々にお花を供えていく。
各々が床に頭をついて、深く祈りを捧げている。軽々しい気持ちで踏み入ってはいけないような、そんな空気。普段宗教とほとんど関わらずに生きている日本人のわたしにとって、その光景は少し、いやかなり衝撃だった。
写真はOKとは言われてはいたものの、シャッターを切る音1つで神聖な空気が壊れしまうような気がして怖い。それでも記録用にと、1枚撮らせてもらった。

  ここ何日間かかけて、古代の宗教遺跡群を巡ってきた。でも、今まで見てきたものはすべて過去のもの。そこには祈りを捧げる人々は既に存在していなかった。実際にこうやっていま、熱く信仰している人々を見て、生きている宗教を目の当たりにすると、これまで感じたことのない感情が湧き上がってきた。インドでは宗教がごく当たり前のように、息をするように、生活に馴染んでいる。
遺跡を見て、本を読んで、ちょっと宗教のことを知っているつもりでいたが、わたしは宗教の何も分かっちゃいなかったのだ。この感情をうまく言葉に出来ないが、この寺院を訪れた事はわたしにとってたいへん貴重で稀有な体験だった事は事実である。

インドを旅行すると、日常では出ることのなかった様々な感情が生まれる。9日間、わたしもたくさんの感情を経験した。美しい景色に感動して、現地人と片言の英語で笑いあって、時にはトラブルにも巻き込まれて悲しくなって。喜怒哀楽がころころ変化する。そこが、インドを旅する醍醐味なのかもしれない。再びインドを訪れたら、また違った感情が呼び起こされるに違いない。とても楽しみだ。

2011年12月 相沢

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