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「タジキスタンはワイルドだぜぇ~」熱風大陸中央アジア2国周遊紀行<タジキスタン・ウズベキスタン>[2012年07月13日]

シャフリスタン峠を目指す!

新規コースの視察というミッションを言い渡され、他のスタッフもほとんど訪れたことのないエリアを中心に旅しました。そこはタジキスタン北西部地域のホジェンド、ペンジケント、ドゥシャンベです。2012年6月現在、日本からどこかの都市で乗り継いだとしても単一の航空会社でタジキスタンに直接入国することはできません。そこで、まずはウズベキスタンのタシケントに入り、陸路で国境を越えタジキスタンに入り、移動した後、別の国境から再び陸路でウズベキスタンに戻るルートを辿りました。
タジキスタンでは、標高3378mの峠越えを体験。めまぐるしく変化するタジキスタンのダイナミックでワイルドな大自然を満喫することができました。調べてみるとタジキスタンの国土の93%は山地で覆われ、約50%以上が標高3000mを超えることがわかり高山病が心配になりました。ペルーでは、わざわざ高地順応した後に入ったクスコでいきなり起き上がれず、スイスのユングフラウヨッホでは、楽しそうに駆け回る子供たちを眺めながら頭がガンガン。そんな虚弱体質な私でも今回は全く問題ありませんでした。ただ、暑さには参りました。車のエアコンは効かないわけではないのですが窓を開け、中央アジアの大地を吹きぬける“風”を感じる方がまだましでした。それがたとえ“熱風”でも。
暑さで体力は消耗したものの、お陰で夜は早めに就寝し健康的な日々を送ることができました。(1年で最も暑いとされる時期は6月下旬~8月中旬。)
数々の、遺跡や建物、日本人の口にも合う料理やビール。巨大バザールで心躍らせながら見て食べた新鮮な野菜や、色とりどりの果物。一方、訪れた場所は決して秘境ではないのですが、ここは最果ての地かと思わせるダイナミックなタジキスタンの大自然。旅人の心をときめかせる陸路の国境越え。そして、すべてがばかでかいサマルカンドやシャフリザーブス(ウズベキスタン)の世界遺産。今回も、いろんな体験ができた旅でした。

すぐそこの柵の向こうはアフガニスタン
テルメズ(ウズベキスタン)

ウズベキスタンやタジキスタンと聞くとアフガニスタンをすぐ連想するようで、この辺りの事情にあまり詳しくない方からは、「なにやら危なそう」とか「タリバンに拉致されないように」などと言われました。実際、今回の旅で、タジキスタンからウズベキスタンに戻ってきた際に立ち寄った、ウズベキスタン南端の町、テルメズは、アフガニスタンと接する町で、すぐ目の前に国境の柵が延々と張りめぐらされていました。
確かに、タジキスタンは馴染みがないとは思いますが、ウズベキスタンの方は、サマルカンドと聞くと「あ~あそこねっ」と言われる方は多いのでしょうね。
あと、サッカーファンなら今年2月に終わったワールドカップサッカー3次予選で、日本はウズベキスタンとタジキスタンと同グループになったのでしっかりと記憶に刻まれたのではないでしょうか。私も、ウズベキスタンの強さに脅威を感じたのと、タジキスタンの監督のあまりに謙虚で潔い発言がとても印象に残りました。

イスマイル・ソモニ広場の噴水(ドゥシャンベ)

タジキスタンはつい数年前まで内戦状態で国内は大混乱でした。その内戦が終結し平和な世の中になった今、混乱のカケラも感じることはありませんでしたが、ガイドさん(タジキスタンは英語ガイドなので理解できずあやふやな部分が多いのですが・・・)の話を聞くと、ここ最近は周辺国と、国境(領土)問題、水や電力の資源問題、麻薬問題などでいろいろと揉めているようです。私も国境を越えるときなど今回の旅でその一端を感じました。

【国境越え(その1)】ウズベキスタン→タジキスタン

国境には出入国管理事務所(=イミグレーション)と税関があります。原則、出国時は先に税関を通りイミグレーションへ。入国時は先にイミグレーションを通り税関を通過します。日本は島国なので当然のことながら国境はありません。だから、私にとって国境は未知の世界であり非常に好奇心をそそる対象でした。

ウズベキスタン側の税関

パスポート登録証

まず最初に、銃を持った軍人さんがパスポート&ビザと書類のチェックです。そう、国境は社会情勢が大きく反映される場所なので武装した軍人さんがたくさんいて物々しい雰囲気に満ち溢れていました。ウズベキスタンでは、ちゃんとホテルに宿泊した証拠となるホテルが発行した「パスポート登録証」を出国時に渡さないといけません。これを失くすと大変なことになるので要注意です。ここまでは日本語がわかるガイドさんがいてくれるので、もし不備があっても対応できますから逆に入念にチェックしてもらいたいくらいなのですが、怖い顔して私の方を睨みつけてそれで終わりです。さっそく緊張が走ります。ここでガイドさんと別れ、ウズベキスタン側の税関に向かいます。

ガイドさんさようなら・・・

するとそこには観光客ではない感じの人たちが既に10人くらい待っていました。列を作って待っているわけでもなくただ立ちつくしていました。ここで税関の手続き用紙が必要になるのですがどこにも置いてありません。辺りをキョロキョロ見回していると、待っている人たちの何人かがある方向を指差しました。そこには審査官がいました。またその人も厳しい顔をしています。私は審査官から書類を1枚もらい、昨日、タシケント空港で入国時にスタンプを押して返してもらった税関用紙を例に同じように記入し始めました。ここで絶対気をつけないといけないことは所持金の金額です。所持金は同じかまたは減っていないといけません。もし増えていたら「あなたは商売をしましたか?」と問い詰められてしまいます。十分注意しなければなりません。うっかりは禁物です。書類を書き終えた私はどうしてよいのやらわからないのでひたすらさっきの審査官の怖い顔を見つめていました。すると私を指差し「パスポート」と低いハッキリした声で話しかけてきました。順番待ちはどうなっているのか気にはなりましたが呼んでくれたのでその通りにしました。そこで書類をチェックし、荷物をX線検査機に通します。私の荷物は衣類、パソコン、本や書類と水だけなので問題は何もあるはずはありませんが内心はビクビクです。でも、すんなり通してくれ、イミグレーションでウズベキスタンの出国スタンプを押してもらい建物の外へ。でもそこはタジキスタンではありませんからガイドさんが待っていてくれるはずもありません。そこから500mほど離れているタジキスタン側の入国審査手続きをする建物に向かって歩き始めます。ここは国境緩衝帯なのです。でも、まわりを見渡すと農作地のようです。「誰の土地なんだろう・・・?」と思いながら40度はあろうかと思える炎天下の中を移動しました。ちょっと歩いただけで汗はだらだら。

無味乾燥な緩衝帯の道

向こうの方には家も見える
ここはどちら側の領土?

もちろん、最初に軍人に会った時から写真撮影は禁止です。でも、ちょっとくらいはいいだろうということでカメラを首にかけ適当にシャッターを切りました。

タジキスタン側の税関

さぁ、いよいよタジキスタンへの入国手続きです。イミグレーションで入国スタンプを押してもらい、最後の関門の税関です。ウズベキスタン同様、ここでも審査官はたったのひとり。もしも通過したい人がたくさんいたらどうなるのだろうと思っていると順番がまわってきました。ここでは順番待ちの列があったのです。まず、税関申告書を渡されました。でも何が書いてあるのかさっぱりわかりません。タジキスタンの税関申告書はロシア語のものしかありません。私は、椅子にすわったまま固まっていると審査官が片言の英語で書き方を教えてくれました。これまでと違って何やら和やかな雰囲気に包まれました。この書類も出国時まで大切に保管しておかなければいけません。これですべての出入国審査の手続きが完了です。念のため、出入国のスタンプは日付など間違いがないか必ず確認するようにしましょう。実はこの時、この審査官はミスを犯していました。そのお話はまた後ほど。ウズベキスタン→タジキスタンの出入国は案外とあっさりいきました。それでも抜けるのに1.5時間はかかりました。しかし、この逆、つまりタジキスタン→ウズベキスタンは、このようにスムーズにはいかなかったのです。

【標高3378mのシャフリスタン峠越え】

緑と岩山のコントラストが美しい

タジキスタンは山国で大自然がいっぱい。特に最近、タジキスタンの山を目指して訪れるヨーロッパからの観光客が増えているとガイドさんが言っていました。数日間から数週間、テントに泊まりながらトレッキングをするツアーが人気だそうです。

聳え立つ岩山

万年雪が氷河に

事故でひっくり返った車

タジキスタンの自然は単に美しいだけじゃなく、ダイナミックで迫力満点。傲然屹立。岩山が険しくそびえたち、奥深い谷間に激流が滔々と流れ、道路は断崖絶壁の連続。一歩間違えると・・・なんてことをついつい考えてしまうような場面が何回もありました。

土砂崩れの後

実際に、私が訪れたほんの数週間前の大雨で崩れ落ちた土砂が稲畑に流れ込んでいたり、大きな岩が道に転がっていました。また、何がどうなったのかはわかりませんが、事故直後の横転した車に遭遇。そして、我々の車もまた、あまりの悪路に耐え切れずダメージが・・・。

タジキスタンの旅のハイライトの一つに標高3378mの峠越えがあります。富士山で言うと8合目くらいの地点です。そこは、ウズベキスタンの国境に近いホジェンドからペンジケントの間にあるシャフリスタン峠です。

ポプラ並木

道路脇の色鮮やかなポプラ並木の遥か彼方に連なる山々を眺めながら大草原を走っていると、いつしか山が迫り快適な舗装道路は不毛の岩山に囲まれたデコボコ道に変わります。このデコボコ道を4時間くらい走るのですが、激しい揺れの中で体を支えるのも一苦労です。さらに高度を上げながら谷間を進んでいくと緩やかな川の流れは激流となり谷底を深くえぐるように流れていきます。そして、道幅は狭くなり対向車とすれ違う際には谷底がチラリ。もちろん、ガードレールなどありません。万一道を外れるようなことがあれば谷底へまっしぐら。ガイドさんによると時々車の転落事故があり、谷底の川に水没するそうです。

ふ~っと気が遠くなります

こんなに暑いのに・・・

峠に近づくにつれ万年雪の氷河がポツリポツリと現れてきます。山の景色もさらにワイルドに。確かに外気もそれまでのものと違い熱気がなくなっています。そして、峠に着いてやっと一息。その迫力の風景に息を呑みます。峠の気温は、恐らく麓の気温とくらべると20度近い気温差があるのではないかと思いました。

峠で一服するドライバーさん

確かに山歩きしたくなります

シャフリスタン峠を越えてしばらくすると山からの湧き水が溢れ出しているポイントがありました。そんなものを見るとどうしても飲みたくなりますし、手や足をつけたくなり、そこでまた休憩です。水はとっても冷たく、おいしく感じないわけはありませんでした。

【“独立トンネル”という名の史上最強のワイルドなアトラクション】

“工事中”の完成したはずのトンネル

タシケント(ウズベキスタン)から国境を越えタジキスタンのホジェンドに入りシャフリスタン峠を越えてペンジケントの村に到着しました。つい数年前までこの村からほど近い場所にもウズベキスタンとの国境がありましたが現在は訳あって一時的に閉鎖されています。何故、閉鎖されたのか!?ガイドさんによると・・・
その国境付近に、中央アジア最古の都市遺跡の1つとして位置付けられ、遊牧民が主流だったこの地域に初めて定住した痕跡が見つかった貴重な遺跡、「サラズム遺跡」があります。この遺跡は、なんと2010年にタジキスタンで初めて世界遺産に登録された名所となったことから突如注目されるようになりました。が、しかし、それから程なく、その国境が閉鎖されたそうです。実は、ペンジケントは、ウズベキスタン随一の観光スポット・サマルカンドからわずか60kmの距離にあり、ペンジケント、サラズム遺跡、サマルカンドを直線で結び簡単に行き来できる位置関係にあります。ウズベキスタンとタジキスタン両国の観光事業において歓迎すべきことだったはず・・・。にもかかわらず・・・。旅人としても残念なことです。両国に何があったのか?・・・。
再び国境を越え、ウズベキスタンに入るにはペンジケントから南へ下り、さらに山を越え、タジキスタンの首都・ドゥシャンベまで来て郊外にある国境へ向かうという大きな回り道をすることになります。
でも、そのお陰でとんでもない体験をすることができました。

ペンジケントとドゥシャンベの間には、アンザーブ峠という標高3372mの峠があります。すでにご案内しましたシャフリスタン峠(3378m)に匹敵する標高にある峠です。

ここは本当の“工事中”
シャフリスタン峠のトンネル

ここ数年、着実に経済発展を遂げるタジキスタンでは数々の国策事業が展開されています。それらの中に、シャフリスタン峠とアンザーブ峠にトンネルを開通させる事業があります。(因みに資金力、技術力、労働力すべてを丸抱えで援助しているのが中国です。)
シャフリスタン峠のトンネルは、再び冬が訪れる前の今年の9月に完成予定で盛大な式典が催されるそうです。そして、アンザーブ峠のトンネルは既に完成し利用者に開放されています。が、しかし。実際に通ってみると・・・驚きました。これはどう見ても完成はしていない・・・。誰が見てもそう思うはず・・・。

これがイスティッククロー(独立)トンネル

確かに、トンネルは貫通し、道路はありましたが、すべてがきっちりと舗装されていません。というか、まだ、舗装できない・・・。
どういうことかと言うと、本線のトンネルと合わせて、側道のトンネルも掘っているようでその側道から大量の水が溢れ出していたのです。ある場所では、まるで滝のように水が溢れ出し、道路は水浸しどころか完全に冠水状態の区間も多々ありました。道路が冠水していると道路の状況は全く見えません。あっ、そうです。トンネルの中には照明設備がまだありません。というか、まだ取り付け不可能だと思われます。だから、車のヘッドライトを消すと真っ暗。もちろん、作業員が作業している場所だけは明るく照らされています。もし、道路に段差があったら危険なのでゆっくりゆっくりと進んでいきます。トンネルの途中では故障した車が立ち往生していました。何があったのか?・・・。
また、トンネルの中には工事車両の大型トラックもいっぱいいました。Uターンするトラックも多く、トンネルの中は、もうしっちゃかめっちゃか。

後輪ブレーキを支えるシャフトが・・・

器用にパンクの修理をする少年修理工

これで完璧!!

実は、我々の車もこのトンネルを走行している間にちょっとしたダメージを受けました。でも、頑丈な4WD車なので、たとえ何かあってもちょっとやそっとじゃ動かなくなったりしません。それに、タジキスタンの道路沿いには車の修理工場が点在していますので、きっと優秀な修理工がテキパキと元通りにしてくれるでしょう。

このトンネルは、イスティッククロー(独立)トンネルと名付けらました。まるで、映画のセットかユニバーサルスタジオのアトラクションのようでした。考えてみると、私がこれまで体験したどのアトラクションよりも楽しかったかもしれません。

ガイドさんに質問してみました。「このトンネルを通りたくなければアンザーブ峠を通ってもいいんですよね?」。するとガイドさん。「いえダメなんですよ。アンザーブ峠は既に閉鎖されていて、もう通れないんです」。

勇猛果敢なサイクリストたち

「もう通れない・・・。アンザーブ峠で何かあったに違いない・・・。」私は、すぐさまそう思いました。
でも、実際のところ、冬の峠は確かに危険です。だから、1日も早くトンネルが快適に利用できるようになることを心より祈っています。
あっ!!!!!!!!思い出しました。トンネルを通過する前に自転車で移動していたグループがいたのです。彼らはどうなったのか・・・。

【国境越え(その2)】タジキスタン→ウズベキスタン

途中立ち寄ったひまわり畑

果たして移動距離はどれくらいだったのだろうかとハードだった旅を振り返りながらタジキスタンを後にするときがやってきました。英語でしたが、タジキスタンの歴史やいろんなことを外国人である私に伝えようとする高い意識を強く感じたガイドさん。長距離に渡る悪路を危険を感じさせずしっかりと運んでくれたドライバーさんに感謝です。

ボタニックガーデンの遊具で遊ぶガイドさん

頼りになるドライバーさん

ガイドさんとドライバーさんにお礼と別れを告げ、税関の建物前で警備する軍人さんにパスポートと出入国書類を渡し中に入ろうとすると“待て”のサイン。すると、ガイドさんと軍人さんが何やら話しています。その話は次第にヒートアップしてきたように思いましたが大事には至らなかったようで“入れ”のサイン。すぐ入らないとまずい雰囲気だったのでガイドさんとは少ししか話せなかったのですが、タジキスタンに入国する際に担当官が私の税関申告書に押すべきスタンプを1ヶ所押していなかったようでした。この手の書類は非常にデリケートなのですが、自分で注意できる範囲についてはしっかり確認しようと思いました。

さて、税関の中に入ったら今回は誰も並んでいませんし、誰も部屋の中にいないではないですか。何度「ハロー」と声をかけたでしょうか。ようやく審査官が奥の部屋から出てきました。今回は怖い顔ではなくちょっとにやけた感じの男性でした。まず、パスポートと税関申告書の提示。次に荷物チェックです。大きい方のバッグは無視でショルダーバックを念入りに調べられました。それが終わるとカメラです。カメラの電源を入れさせられこれまで撮影した写真を1枚づつチェックし始めたではないですか。こんなこと今まで初めてです。結局、全部チェックされました。色々と質問してくるので努めて愛想よく澱みなく受け答えをしていたのですが、こっそり写した国境の写真も見られてしまい「カスタム」(税関)とつぶやかれた時は「ドキッ」としました。でも、それ以上は何も言われませんでした。「ホッ」と一安心。次のイミグレーションでもくつか質問です。片言の英語でしたが、渡航目的に関して厳しく聞かれました。こちらとしてはパスポートに貼ってあるビザにも「ツーリスト」とあるようにそう答えるしかないわけで、どれだけ質問されようがどうしようもありません。嫌がらせだとしても常に平然とにっこり微笑むくらいの余裕を持っていたいですね。これまで何度も通った飛行場の出入国審査とはひと味もふた味も違う体験。これも旅の醍醐味というものです。
次はウズベキスタンに再入国です。出発前に日本で取得するビザは、1回入国するのか2回入国するのかを明確にして申請しないといけませんので十分注意してください。そしてまた、500mの国境緩衝地帯を暑さに負けずとぼとぼと歩いてイミグレーションに移動です。入国スタンプは簡単に押してくれました。でも、ここからが大きな試練でした。
税関に行ってみると、すでに20才前後の男子学生(?)グループが6人と付き添いの先生と思われる男性が1人。あ~でもないこ~でもないと話しながら税関申告書に記入しています。今回は再入国なので、私も同じ内容の税関申告書を2枚用意することになります。ここの税関は男性のレーンと女性のレーンとが明確に別れていました。イスラムの国だからなのでしょうか。だから、審査官も男性には男性が、女性には女性が担当します。
さて、先にその男子学生グループが順に審査を受けます。ただ、これが異様に時間がかかりました。パスポートを見るとタジキスタン人でしたが、タジキスタン人には特に厳しい審査を行うのでしょうか。

麻薬チェックの長い行列

そうそう!後日、ウズベキスタンでいつものように車で移動中のある日のこと。快調だった流れが突然の渋滞。何が起きているのかとガイドさんに尋ねると“税関”だとのこと。私は、ウズベキスタンに再入国する際の悪夢が頭をよぎりました。持ち物から車の座席の下までひっぺがして検査するではないですか。でも、暑い暑い炎天下の作業にもかかわらず、審査官たちは汗だくでテキパキ行動していました。国境の建物の中でたらたらと働く審査官たちとは雲泥の差でした。
しかし、国境でもないのに“税関”とは何ごとかと尋ね直すと「麻薬チェックです」とガイドさん。タジキスタンは、アフガニスタンで生産された麻薬がヨーロッパへと運ばれる中継地点になっているらしいのです。かつては“シルクロード”の交易の中継地点が今や“マヤクロード”の中継地点になってしまっているわけですね。私は真面目に、麻薬犬を導入すればよいのにと思いましたがどんなものでしょうか。

そして話を戻し、ウズベキスタンへの再入国の際の税関でのこと。いよいよ次は私の順番というときに、何やら異変が感じられました。迷彩服を着た軍人さんと税関の審査官が一斉に集まり始めたのです。何が起こるのかと見ていると我々申請者から見える場所でミーティングを始めました。だから、業務は完全停止状態です。私は“脱力”。でも、そのミーティングは結構興味深いものでした。何か問題が起きていたらしく、緊張感ピリピリの雰囲気の中、2名のスタッフをこっぴどく叱りつける上官。書類で頭を殴りながら大声で怒鳴り散らしていました。その上官は完全に怒っていました。いつ、軍事衝突が起きないとも限らない国境ですから彼らにはしっかりと我々を守ってもらわないといけないので邪魔はしたくはないのですが・・・。でも、今、やらなくても~。
結局、通過するのに2.5時間かかりました。でも、ウズベキスタンのガイドさんとドライバーさんは待っていてくれました。

今回、国境を越えるたびに思いました。よくぞ待っていてくれました。ありがと~!!

2012年6月 森

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