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自然派リゾート「はなのいえ」で過ごす のんびりやさしいヒマラヤ時間 2012社員旅行ネパールA班[2012年12月14日]

山に抱かれ、山に拒絶され、それでも山と生きる―――

昔観たネパール映画のキャッチコピーが頭から離れない。
スクリーンの中の荘厳なヒマラヤを、いつかはこの目で、飽きるほど眺めてみたい。その夢は入社1年目の社員旅行でいきなり実現した。
間近で見たヒマラヤは、父親の気高さと母親のあたたかさ、その両方を持ち合わせるように大きく優しい。眺めているこちらの方が、見守られている気分だ。

初対面は、カトマンズからポカラへと向かう飛行機の中。進行方向右側でヒマラヤは、私たちをゆったりと待ち構えていた。プロペラ機の狭い機内で次々と歓声があがる。この旅行記ではヒマラヤとの出会いから別れ、社員旅行の中でもポカラで過ごした3日間の出来事について記録したいと思う。

●1日目

ヒマラヤ登山の拠点として有名なポカラ。空港に降り立つと、迎える雄大な山々に機内で観たときとは違う感動を覚える。それにまるで初夏の陽気。ここは標高800mで、カトマンズ(標高1300m)よりもずっとあたたかい。湿気が無いので過ごしやすいが、日差しは強い。服の上から皮膚がじわじわ焼かれているのがわかる。現地の人は皆長袖の服を着ていた。

一向はフェワ湖へと向かう。湖岸のレイクサイドはポカラの中心エリアとはいうものの、ネパール第二の都市とは思えないほどのどかな光景が続いている。砂利道を歩む人々は皆、ヒマラヤの山麓で悠々たる時間を生きていて、ごく簡単に舗装された車道をジープ6台に分かれて走る私たちだけが、生き急いでいるように見えた。

フェワ湖は風もなく、湖面で反射した光がまぶしい。ボートの漕ぎ手である青年たちは、片方しかないオールで左右の湖面を交互に漕ぎ、少しずつ前進させていく。効率など考えない、とてもゆったりとした心地で、私たちもようやくヒマラヤ時間に迎え入れられた気がした。手前の山ではパラグライディングをしている人たちが見える。青年たちにネパール語を教えてもらいながら、そのひとときを楽しんだ。

バラヒ寺院はフェワ湖に浮かぶヒンドゥー教の寺院。小さな島がまるごと寺院だった。人々はボートや渡し船でここへと向かう。ヒンドゥー教にとって菩提樹は崇拝の対象。繁栄神ヴィシュヌの化身と言われていたり、彼の妻で幸福と美を司る女神クラシュミーが宿るとされている。装飾された菩提樹を見ると、なんだかお祭り気分。敷地内の雰囲気もにぎやかだ。

まだ新しい血痕の残る階段を登る。ビンドゥバーシニー寺院は小高い丘の上に建っていた。殺戮神ドゥルガー像が安置される祠の正面では、毎朝生贄として鶏やヤギなどの首がはねられるという。敷地内にはヒンドゥー教の学校もあり、子どもたちの笑い声が響き合っている。ここからのヒマラヤの展望も、本当に素晴らしい。

チベット動乱から逃れてきた人々が暮らす、チベット難民キャンプ。寺院の正面でたくさんの人々が、祈りのときを待っている。チベット仏教独特のカラフルな旗々はタルチョと呼ばれるようだ。タルチョには平和と幸福を願い経文が印刷されている。風でたなびく度に仏法が世界に広まるという。現在のチベットには仏教教育が受けられる僧院がほとんどなく、修行のために亡命する僧も多いと聞いた。この中にはそんな僧たちもいるのかもしれない。

ランチは「たべものや」で。
ネパールに来て初めての食事は、なんと日本食だった。これが本当に、本当においしい。日本を離れてまだ1日と少ししか経っていない私たちがそう思ったのだから、信用して頂けるだろうか?厨房では日本で料理を学んだスタッフがやさしい日本食をつくってくれる。この味は、これから3日間お世話になる自然派エコリゾート「はなのいえ」でも楽しめた。
店の前では野菜やハーブ、ひと際きれいな色が目を引く花々がかわいらしく植えられてある。食材はこの菜園と「はなのいえ」の農場で採れたものを使用している。
ネパールビールの「エベレスト」も飲みやすくってとてもおいしい。店を飛び交う、ご飯やみそ汁、ビールの「おかわり!」にも、スタッフはにこやかに応えてくれる。ネパールの人たちは皆笑顔が素敵だと思う。

「たべものや」のあるレイクサイドから山を登ること30分、アスタム村の「はなのいえ」が見えてくる。到着してすぐ、社員旅行でここを訪れることができて、本当によかった!と心から思った。誰かと共有したくてうずうずしてしまうほど、のどかで生き生きした自然に溢れていた。コテージは全室マウンテンビュー、室内は落ち着いた雰囲気で、洗練されたデザインの調度品にセンスの良さが光る。

あの五右衛門風呂に入らなければ「はなのいえ」は語れない。スタッフが薪を燃やして焚いてくれたお湯に浸かり、沈む夕陽に照らされてピンク色になっていくマチャプチャレを眺めた。昼間には雄大で果てしないヒマラヤの山々が、夜は宇宙に砂金をこぼしたかのような満点の星空が、すぐそこにある。間違いなくここはネパールで一番のお風呂だ。

●2日目

日の出ツアーの集合は早い。6時に「はなのいえ」を出発した一向は30分ほどかけて、高台にある地元の小学校へ赴いた。日の出は6時半だという。ポカラの朝は、思ったほど寒くない。日本でいえば10月下旬のような気候だろうか。少し肌寒さを感じはじめる時期の朝だった。しかしひどく乾燥している。喉の弱い方はスカーフ等で首を保護することをおすすめする。

待機をはじめてから少し待ったものの、朝日は一度顔を出すと一気に昇ってきた。何度となく繰り返される自然の美しい営みに、思わず拍手が起こる。このときのヒマラヤは昨日見た、夕陽に照らされるそれとはまた違う表情をしていた。夕刻は強い西陽で全身をピンク色にしていたヒマラヤ。日の出を浴びたヒマラヤはほんのりやわらかい光で、少しずつその色を変えていった。山麓に住む多くの動物たちと同じように、まるでこの偉大な山も朝陽で目を覚ましているかのようだった。

「はなのいえ」に帰ってきてからも当然、素晴らしいひとときは続く。芝生の上で背伸びをしたり、うたた寝をしたり、おいしい紅茶に舌づつみを打ったり…望遠鏡でマチャプチャレを観察したときには、その迫力に思わず声を上げてしまった。こんなにも多くの人間が心からリラックスできる環境をつくるには、どれほどの気配りが働いているのだろう。「はなのいえ」のホスピタリティには、頭が上がらない。

この日はA班が2つのコースに分かれて行動した。一つは「はなのいえ」のアクティビティを体験するコース。はちみつ採りや農場のお手伝い、牛の乳搾りなどをのんびり楽しんだそうだ。ここでは勝手ながら私が参加したもう一方のコース、ヒマラヤトレッキングコースについて書こうと思う。

「はなのいえ」アクティビティの様子

「はなのいえ」から車で1時間、スタート地点のダンプスに到着した。ここから標高2232mのオーストラリアンキャンプまで登る。標高1799mからの出発で、個人的には寒さを心配していたが、杞憂に終わった。日の出ツアーの際は少し寒かったものの、出発の10時頃となると、とても過ごしやすい。にわか山ガールの私は、日本で10月初旬に登山する時と同じ服装で臨んだが、歩き始めるとすぐに暑くなりパーカーを脱いだ。風はないので上着等なくても平気。日差しは強いので帽子は必須だ。
今回のルートは日本の山道よりも歩きやすい気がした。それほどきつい傾斜もなく、足場もしっかりしている。多くの登山者らによって踏みしめられた地面がそのまま固まった結果、こうなったのだろう。木陰から見え隠れするマチャプチャレにやさしく見守られ、穏やかな気持ちで登ることができた。この日はここ3,4日で一番きれいに晴れていたらしく、空も山々も澄み渡っていた。

オーストラリアンキャンプの空気は最高においしい。1時間半もかけて登ってきたけれど、正直ヒマラヤとの視覚的な距離はあまり縮まらなかった。しかし心の距離は確実に、ここまで踏みしめた歩みの分だけぐぐっと近づいた。私たちは早速、小さなレストランでビールやコーラを買って乾杯!ここまで来た達成感と解放感は、あの雄大な山々でさえ酒のつまみにしてしまう。一方、一緒に山を登ってきた売り子のチリンとドゥンドゥンは重いバックパックを降ろし、商売を始めた。彼らはチベット難民キャンプから不定期でここへ訪れてはお土産ものを売っているという。母親手作りのコットンベルトを誇らしげに見せるドゥンドゥンの姿はとても印象的だった。これをつくった母親も、もう一人の売り子チリンと同様にチベットの動乱から逃げてきた一人なのだろう。

「はなのいえ」の夜、宴は突如として始まった。夕食後暖炉を囲み語らっている私たちのそばで「はなのいえ」のスタッフたちがネパール民謡を歌い、リズムを刻む。気が付くと私たちも一緒に大騒ぎ。「はなのいえ」とファイブスタークラブ合同の大宴会となった。言葉が通じない者同士が心から笑いあい、語り合い、踊る。「音楽は世界の共通言語」なんてレッテルに疑問を持っていたが、この夜の私たちは音楽にあわせ、言語どころか心まで通わせてしまった!

最後「はなのいえ」スタッフからの日本の曲リクエストに、ファイブスタークラブの面々は「上を向いて歩こう」で応えた。私たちの頭上には満点の星空と、ひっそりと眠るヒマラヤがあった。

●3日目

さよならの朝。名残惜しむ声は尽きなかった。昨日大騒ぎした私たちの胃を気遣ってか、最後の朝食はおかゆ。それにリクエストに応えて、当初は予定になかった味噌汁まで作って頂いた。やっぱり「はなのいえ」のホスピタリティには頭が上がらない。朝食後には「はなのいえ」の面々と思う存分笑いあい、語り合い、記念写真もたくさん撮って、私たちは帰りのジープに乗った。

カトマンズ行きの飛行機に乗る前、見上げた先にあるヒマラヤは飛行船のような大きな雲に隠れ、その姿全てを現さなかった。私たちがここを去ることを悲しむように、ヒマラヤも私たちとの別れを悲しみ、顔を伏せているのかな、と思った。またここを訪れたとき、ヒマラヤはどんな顔で迎えてくれるだろう。
そのときを楽しみに、日々励もうと思った。

2012年11月 仙波

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