モアイ像の謎に迫る、イースター島への旅(ラパ・ヌイ国立公園、チリ)

夕日に映えるモアイ像(タハイ遺跡)

海に向いているモアイ(アフ・アキビ)

モアイ像の不思議

広大な南太平洋にポツンと浮かぶイースター島。タヒチとチリの海岸からそれぞれ約4000kmという、ちょうど中間近くに位置し、もっとも近い島が1900kmも離れている、まさに絶海の孤島である。こうした外部との交流のない環境が生み出した独特の文化、それがこの島に巨石像モアイを生み出したのである。
モアイ像には謎が多い。先祖崇拝とも部族の力の象徴とも言われるモアイ像が作られたのは6世頃からのこと。最初は1mくらいの小さいものだったのが、11世紀頃から高さ5〜7m、重さ40〜80トンへと巨大化し、最終的には最大で21mものモアイもあるのが驚きだ。全部で900体近くのモアイ像が存在するという。どうやってこの重い石像を当時の人々は運べたのか、不思議である。

15体のモアイ像(アフ・トンガリキ)

正座するモアイ(ラノ・ララク)

モアイ像の目玉・・・

島のあちらこちらで海を見つめて立っていたり、正座していたりするモアイ像たち。どれもが寂しげなまなざしで海を見つめているように見える。中でも島の南東部の海岸で15体のモアイ像が一列に並ぶアフ・トンガリキは圧巻である。かつて津波で倒されていたのを日本のクレーン会社が修復の協力をして今の姿が甦ったのだ。
津波以外でも、島の人口の増加などが原因で、17世紀頃からモアイ像は倒されるようになった。敵の部族のモアイを倒すことによってマナ(魔力)を奪おうとしたという説がある。かつてモアイ像には目玉が付いていたが、マナを持つ目玉をまず取って部族を滅ぼそうとした、という説もある。うつろに見える目の空洞部分には、たしかに目玉が付いていても不思議はない・・・・などと私などはモアイを見ながら妙に納得したものだ。

倒されたモアイ(アフ・ハンガ・タエ)

切り出されたまま放置される石(プナ・パウ)

消えた!? モアイの作り手たち

モアイの切り出し場、すなわち「製作工場」であったラノララクは島で一番ミステリアスな場所だ。山の裾野の草の斜面に点在する作りかけのモアイ像がなんと280体も放置されている。あるものは倒れ、あるものは土に埋もれ、かなり大きなものも切り出す直前の状態で横たわったままだ。まるで、モアイ作りの人々が突然に姿を消してしまったかのようだ。イースター島の謎は尽きない。