ペリト・モレノ氷河再訪(アルゼンチン)

カーステンボッシュ国立植物園

動く氷河の迫力、ふたたび

突然、目の前でバリバリ・ドッカーン!!とすさまじい落雷のような音がした。見下ろすと氷河の壁のいちばん下のあたりの氷が崩れ落ちて水に沈み、大きな波と水煙が立ち、水面に氷塊が浮かび上がる。音のわりに小さな塊なのが意外である。10分位の間に、あっちでドカーン、こっちでバリバリと2回も崩落が起こった。
ペリト・モレノ氷河は南米大陸最南端、パタゴニア地方の大自然を代表する大氷河で、自然の世界遺産に指定されている。1年に2kmにわたる氷河が崩落し続ける、まさに「生きている」氷河。気の遠くなるような年月を経てやって来た氷河の最前部の壁面は、透明なブルーのギザギザで美しい造形美を見せてくれる。深い亀裂が入っている部分の内部は深いブルーで吸い込まれそうに魅惑的である。
不思議なのは、四六時中最前部は崩れ落ちているのに、10年経ってもラインは後退していないこと。まわりが年中雪山なので、どんどん新しい氷河が生まれるせいらしい。そう言えば、今回10年ぶりのペリト・モレノは形こそ違うが、場所は同じ。ただ、側面のラインは年によって少しずつ増えたり減ったりするので、今年などは展望台にやや近づいているという話だ。確かに氷河の壁は以前来た時より、目の前の気がする。
世界にはさまざまな氷河が存在するが、目の前で頻繁に崩れ落ちる興奮を味わえるのはここペリト・モレノが最高であろう。皆、展望台からズームレンズのカメラを向けて、固唾を呑んで崩落が起こるのを見守っている。小さいものでも音はかなり大きいのだが、一度だけ前面の特大の氷塊が崩れ落ちたのにはびっくりであった。その音たるや鳥肌が立つほどの迫力で、崩れ落ちた後の壁面は刃物でスパッと切り落としたかのようにツルリとした濃紺の断面が姿を見せた。ずっと昔の氷が今目の前で、最後の時を迎えているのだ。新たな感動であった。
ペリト・モレノ氷河へはアルゼンチンのカラファテの町を拠点に日帰りで行くのが一般的である。私はチリサイドのパタゴニアから陸路で国境を越えてカラファテヘと向かった。国境から2時間半あまり、何もない大草原をひたすら駆け抜ける。アルゼンチンは広い!と感じる360度地平線のパノラマ。青空に美しい形の雲が浮かんでいる。ウトウトしているうちに、道路は舗装に変わっていて快適だ。彼方にはグリーンの澄み切った湖、ラグーナ・アルゼンチーナが見える。あと80キロでカラファテだ。
カラファテの町は10年前に比べ新しい建物は増えたものの、こぢんまりした町並みは変わらない。メインストリートにはカフェやレストラン、お土産物屋が並び、道を2本入ったところに目指すホテル「ロス・アラモス」はあった。以前も泊まったのだが、可愛い山小屋風の内装が気に入り、レストランも抜群の味で忘れられず、またここを予約したのだ。
ミニゴルフ場の芝生と木々の緑に囲まれ、一段とグレードアップしたレストランでは、セントーシャ(タラバガニ)の身がたっぷり入ったサラダにスープ、トルーチャ(マス)のグリルや、アルゼンチンならではのボリュームいっぱいのステーキ。相変わらず美味のディナーを楽しみ、デザートで忘れられない「エンサラーダ・デ・フルータス・コン・エラード(フルーツサラダ・アイスクリームのせ)」を頼んでみた。昔からいるという貫禄あるボーイさんに昔食べて病みつきになった話をすると、メニューにはないのに、全く同じものを作ってくれたのには感激だった。
木造りのシャレー風、温かいムードいっぱいのスイートでくつろぎ、早朝から大きなジャグジー付きバスタブでゆったり気分の後、レストランへ朝食に出かける。朝からシャンパンまである高級感に溢れたバッフェから、絞りたてのオレンジジュースを飲み干し、生ハムや各種のハム、チーズをライ麦パンに挟んでおいしいサンドイッチを作って食べた。
このホテルに2泊して、ゆっくり1日氷河観光に出かけたのだった。朝9時、ホテルに迎えに来てくれたのは英語ガイドのクラウディアさん。上品で英語堪能の美人だ。分厚い鳥の本や植物の本、キノコ類の本など何を聞かれてもわかるようにたくさんの本を持って来ているまじめな人だ。説明も細かくたくさんの話をしてくれた。衛星写真で、ペリト・モレノ氷河とグレイ氷河の場所、後退しないペリト・モレノの様子、ウプサラ氷河が数10年でかなり後退している様子を資料として見せてくれたことには感心してしまった。
カラファテから1時間半。ペリト・モレノ氷河の国立公園入り口に着いた。近付いていくと、白濁した川に氷の塊がポツリポツリと流れてきているのが見え始め、行く手に真っ白な氷河が登場した。
少し歩いて「バルコニー1」と呼ばれる最初の展望ポイントへ。少し上の地点だが、氷河の側面の迫力ある風景が一望の元。さっきからの落雷のような崩落の音は止まることがない。側面の手前の水面は崩れ落ちた氷のかけらで覆い尽くされ、船で近付くことはできない。
反して、ボートで近付くのは正面の方だ。氷河の見えるレストランでランチを取った後、2時半発のボートに乗る。所要1時間の氷河クルーズだ。とはいっても、チリのグレー氷河のようにすぐそばまで近付けるわけではない。なにしろ、いつ崩落が起こるかわからない動く氷河なのだから。