2016年4月、ウクライナにて

チェルノブイリ博物館にて

チェルノブイリ博物館

チェルノブイリ博物館

チェルノブイリ博物館訪問

1986年4月26日。
そう、ちょうど今から30年前、チェルノブイリの原発事故は起こった。ウクライナという国が世界中で知られることとなった、まさに負の遺産。私はその記念日といわれる日の前日、たまたまウクライナの首都キエフにいた。
チェルノブイリはキエフの郊外130kmに位置している。原発の見学もできるのだが、丸1日かかり大掛かりな準備も必要というので、時間がない私は代わりにキエフにある「チェルノブイリ博物館」を訪れたのだ。
博物館で目にしたものすべてが衝撃だった。原発事故の詳細の展示物は、目を覆いたくなる大惨事を赤裸々に見せていた。1万2000人もの人が亡くなり、当時ヨーロッパ各地に与えた影響の大きさも計り知れないものであったことも、展示物で明らかにされている。
その博物館の入り口を入ったところに「FUKUSHIMA」の展示があった。津波の恐ろしい映像を流していたのもまた印象的であった。キエフに行くならこの博物館はぜひ立ち寄る方がよいだろう。
豊かな自然と大きな国土を持つウクライナという国は、日本ではあまり知られていないけれど、ヨーロッパではかつて最も大きな国であった。というのも、2年前にロシアの侵攻によってクリミア半島を失ってからは、フランスに次いで2番目の大きさになってしまったそうだ。それでも地図を見ればわかるが、とても広大な国である。農業国としても有名だが、ヨーロッパ大陸でも指折りの滋味溢れる黒土があり、黒のバスケットという呼び名もある。
田舎道を走っているとよく見かける放牧されている牛たちの姿も、またのどかで心癒される風景。ウクライナの乳製品のまろやかで上質なことも特筆すべきだ。
これほど豊かな国がかつて放射能に汚されてしまった悲しい過去。加えて、かつて訪れたクリミア半島のヤルタには、今はもうウクライナとしていくことができない。これもまた悲しむべき過去に他ならない。

ソフィア大聖堂

チューリップの公園(ランドスケープ公園)にて

ペチェールスカ大修道院

正教とキリル文字

変わりゆくウクライナだが、いつ訪れてもこの国は美しい。キエフの町に点在する正教会の黄金のネギ坊主屋根。聖ミハイル修道院の青色と黄金屋根のコンビネーションの清々しさ。内部のフレスコ画やモザイクがイスタンブールのアヤソフィアに似ている、世界遺産の聖ソフィア大聖堂。キエフ最古の寺院だ。そしてドニエプル川に面した緑溢れる自然に包まれた、歴史あるペチェールスカ大修道院。ロシア正教会ウクライナ支部総本山としての迫力に圧倒される。どれもがため息の出るほど荘厳で、清らかな教会群であった。
そしてウクライナでも使われているキリル文字。rのことはpと書き、nのことをhと書く。fはまるで象形文字のような記号だ。ロシアやブルガリアなどと共に正教の国で使われるキリル文字。町を歩いていても、看板の文字が読めないのはかなり大変だ。やはりアルファベットくらいは読めるようにした方がいいと反省。まあ、未知の国をさまよっている気分は悪くはないけれど。

名物キエフ風カツレツ

レストラン「ビルエポッグ」にて

ボルショック

忘れられないボルシチの味

ウクライナはグルメも楽しい国である。この国の料理がどれを取っても美味なのには本当に嬉しくなる。ボルシチはロシアの料理かと思っていたら、実はウクライナ発祥の料理であった。ビーツと言う赤カブで作ってあるので、ベースは赤いスープで、キャベツやジャガイモなど千切りにした野菜やよく煮込んで柔らかくなった牛肉の角切りも入った具だくさんのスープだ。熱々の赤いボルシチに、「スメタナ」と呼ばれるサワークリームをたっぷりと入れて溶かしていただくので、スープがピンク色になって美しい。
忘れられないボルシチ体験があった。キエフの有名店「ピエルバック」というレストランのボルシチ。ふわふわの焼きたて食パンをちぎってニンニクソースに浸し、それをボルシチに入れていただく。口の中ですべてが混ざり合って絶妙な味わいを生み出す、忘れられない味だった。
後にリビウのレストランで出てきた「ボルショック」は、ボルシチとはまったく別物のスープだった。ポーランドの影響を受けているスープなので、同じビーツを使う赤いスープなのだが、もっと甘くて、具材は野菜なし。マッシュルームの小さい餃子が入っていて、これはこれで美味しかったが、やっぱり私はボルシチが一番!「ボ」のところにアクセントを付けて、「ボールシチッ」と発音するのが、なんとなくウクライナっぽい。
キエフといえば、「キエフ風カツレツ」は私の好物のひとつ。英語ではチキン・キエフと呼ばれていて、鶏肉の固まりの中にバターを詰め込んで、骨付きでコロンとした形のままカツに揚げて、骨の部分に王冠の形の紙飾りをつけて出されるのが一般的。外はカリッとしていて、ナイフで真っ二つに切ると、中から香りのいいバターがトローリと溶け出して、見るからに食欲をそそられる。ローズマリーなどのハーブが一緒に包まれていることも多い。バターソースと一緒にひと口ほうばると、熱々のジューシーなチキンが口の中に広がり、カリカリの衣が食感もよくて大満足。これぞキエフの味!ウクライナの醍醐味のひとつと言っても過言ではないだろう。
そして忘れてはならないのが野菜。豊かな黒土が生み出す野菜の美味しさには、本当に驚かされる。シンプルな野菜サラダだけでも、ひとつひとつが味わい深いのだ。きゅうりもトマトもレタスもハーブも、何でも瑞々しいけれど、とりわけ赤いパプリカの甘みと、かじった時のジューシーさは驚きのひと言だった。
嬉しいことにウクライナは物価が安い。ヨーロッパでナンバー1かもしれない。スープとメインディッシュを堪能して、グラスワインかビールを1杯飲んでも一人1000円もあればOK。この値段で結構リッチなディナーを楽しめるとは、こんなに幸せなことはない。

市庁舎からのリヴァウ市内の眺望

世界遺産ポテリチの木造教会

世界遺産のジョウクヴァ木造教会

西部の町リビウで見た世界遺産のユニークな教会とは?

キエフから国内線のフライトで約1時間。今回初めて訪れたウクライナ西部の町リビウは、古都であり、キエフとは全く趣をことにする町であった。ポーランドに近く、かつてこの地がポーランドであった時代が400年も続いた歴史を持つ町。だからここではキエフのようにロシア語は話されず、人々はウクライナ語を話す。文化的にも宗教的にも、同じウクライナとは思えないほど開きがあるのだ。ここには正教会のネギ坊主屋根はあまりなくて、西欧風の教会が主流なのだ。
それにしてもリビウの町は寒い。4月下旬とあって侮っていたのが間違いだった。晴天でチューリップが咲き誇っていたキエフから1時間飛んできただけで、ここの気温は4℃。昨日はみぞれが降っていたという。雨が上がってまだマシだと言うが、薄手のトレンチコートだけではやはり寒さが身に沁みるほどだ。
朝早くから郊外の木造教会を見に出かける。まずはリビウから北西へ70㎞のポテリチにある教会を目指す。釘を使わない特別の建築様式。低い1階部分の屋根はタールを塗り込んだ黒々として水を弾くように作られている。ヨーロッパではとても珍しい木造教会は、外観はこげ茶色で小ぶりで地味な印象の木造教会である。でも世界遺産に指定されている。これが中に一歩足を踏み入れると、その印象は一変!壁画の数々は宗教画であり、ルーマニア北部の5つの修道院を髣髴とさせる。これはユニチャーチと呼ばれる教会だ。ギリシャ正教の典礼に基づいたオーソドックスチャーチ(正教会)ながらローマ法王に仕えるというカトリックがミックスされたのが、ここウクライナ独特の「ユニエイト」という宗派のユニチャーチなのである。いろんな教会を見てきたけれど、この教会はかなりユニークだ。
黒装束に大きな黒い帽子をかぶった司祭が現れた。ガイドさんが翻訳してくれたキリル文字で書かれた私の名前を持って祭壇へと向かい、健康と幸福を祈ってくれた。敷地の中に鐘楼もある。紐を思い切り引っ張って鐘を鳴らしてみた。小さな教会の小さな鐘なのに、驚くほど大きな音がした。
カランコロンカランコロン・・・・緑溢れる滋味豊かな大地に、鐘の音は心地よく響き渡っていった