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コートジボワールとは?どこにある国?行き方やツアーもご紹介

グランバッサムの歴史的建築は世界遺産に指定されている

グランバッサムの歴史的建築は世界遺産に指定されている

象牙海岸・・・勝手な妄想で旅情が掻き立てられていたのは、私ことペンギン2号。コートジボワールとは COTE D’IVOIRE フランス語で象牙海岸のこと。西アフリカの大西洋に面したこの国は、かつて象牙を積みだしていた港があったことからこの名が付きました。日本では昔はこの国を象牙海岸共和国と呼んでいたこともあるのです。
私は子供のころから、象牙海岸という名前を聞いて勝手にイメージを膨らませていました。アフリカの荒波打ち寄せる海岸。近くのジャングルにはたくさんの象がいて、カラフルなターバンを巻いた黒人奴隷が象に乗せて運んできた象牙を船に積み込んでいるシーン。妄想は私の旅情を掻き立てたものです。
そんな世界が現代において実際にあるとは期待しないまでも、やはり初めてコートジボワールを訪れるとなった時はかなり浮足立っていました。果たしてどんな国なんだろう?

コートジボワールってどんな国?

アビジャンのセントポール大聖堂のステンドグラス

アビジャンのセントポール大聖堂のステンドグラス

西アフリカのギニア湾に面し、ほぼ正方形に近い形の国土を持つコートジボワール。東はガーナ、北はマリとブルキナファソ、西はギニアとリベリアと言う風に、たくさんの国と国境を接しています。面積は32.2平方キロ。南部は熱帯雨林で、北部はサバンナの草原が広がっています。中心都市は南東部に位置する海に面した大都会アビジャンですが、首都は現在は内陸部のヤムスクロです。

アビジャンのマーケットにいたお兄ちゃん

アビジャンのマーケットにいたお兄ちゃん

アビジャン近郊にある歴史地区が世界遺産のグランバッサムです。この国に4つある世界遺産のうちのひとつで、コートジボワールに行くなら外せない見どころです。アビジャン滞在中に日帰りで観光できる距離にあります。歴史地区の荒れ果てた様子には絶句してしまいますが、残酷なまでの時の流れを目の当たりにできるはず。観光の後は美しいビーチ沿いのレストランでランチを食べるのがお薦めです。
アビジャンの街ではグランドモスクも必見ながら、もっとも目を引くのはユニークな外観のセントポール大聖堂です。内部のステンドグラスを見て、私はかねてから妄想していたコートジボワールの古き良き時代を目の前にすることができたのです。

コートジボワールの内戦を止めた男、サッカー選手ドログバとは?

グランバッサムの博物館の展示物

グランバッサムの博物館の展示物

1960年フランスから独立したコートジボワール。その後33年間この国を統治したのは、「建国の父」である初代大統領のフェリックス・ウフェ・ボワニです。西側の資本を積極的に導入する大統領の政策は繁栄をもたらし、経済はぐんぐん成長を遂げたのです。アビジャンはガラス張りの高層ビルの立ち並ぶ巨大都市に変貌しました。その成長ぶりは「象牙の奇跡」と世界でも称賛されたほどでした。ところが今世紀になって状況は一転します。

 

アビジャンの博物館の女性と

アビジャンの博物館の女性と

2002年、政治家や軍部の権力争いから内戦が起こりました。南部の住民は、北部の住民が真の国民でないと主張し、南北分断の思想をまき散らしたのです。そこで南部出身者だったサッカー代表選手のドログバは、荒れた国を見て、国民にこう呼びかけました。「・・・・この偉大な国がいつまでも混乱し続けるわけにはいきません。武器を置いて選挙をしてください・・・・」その後1週間で戦闘は止み、5年も続いた内戦が終わったのです。
当時、ドログバは大統領より強く、尊敬すべき人物と言われたのです。
その後はドログバは代表選手としてワールドカップでも活躍し続けました。後に2014年にはコートジボワールは日本とも対戦。彼が活躍するコートジボワールのチームに日本は残念ながら負けてしまいました。そのゲームでドログバ選手を見たサッカーファンも多かったのではないでしょうか?

コートジボワールのいろいろ、言語、宗教、通貨、食事など

アビジャンのマーケットでは色とりどりの野菜も売られている

アビジャンのマーケットでは色とりどりの野菜も売られている

コートジボワールはフランスの植民地時代の名残で、公用語はフランス語。しかしながら、63の民族がそれぞれ独自の言葉を持っているというのも驚きです。またこの国の宗教は60%がイスラム教で35%がキリスト教。アビジャンでは、モスクよりむしろユニークで大きな教会が目を引きました。
通貨はセーファーフラン。セネガルやマリなどと共に西アフリカの8つの国々で共通の通貨です。よってセーファーフランを使う国々を周遊する場合両替は1回で済むわけです。
この国の主要産業は80%農業で、カカオの生産はガーナでなく、なんとコートジボワールが世界一だったと初めて知りました。ほかにもパームオイル、バナナ、パイナップル、カシューナッツ、綿、サトウキビ、アボカド、オレンジなどは主要生産物。パイナップルやバナナは年中いつでもあって、5-7月の大雨季や10-11月の小雨季にはマンゴやパパイヤがよく採れます。海辺の国なのでフィッシュマーケットも多いようです。

グランバッサムのリゾートホテルASSOYAM HOTELのランチで出たアボカドシュリンプは絶品

グランバッサムのリゾートホテルASSOYAM HOTELのランチで出たアボカドシュリンプは絶品

心配していた治安に関しては、近隣の国々、マリやブルキナファソに比べればやや安全だとのこと。アビジャンの町はエリアによって治安が異なるので、注意が必要です。現地のガイドさんの指示に従って行動するのが得策です。
国民食「アチェケ」はキャッサバ(タピオカの原料でもある芋)を発酵させ、すりつぶした主食で、「ケジェヌ」と呼ばれるチキンやトマト、ピーマンなどのシチューと一緒に食べるのが一般的です。外人観光客がアビジャンのホテルで食べる食事は欧米風で、大体何でもあるので、食事に困ることはありません。高級ホテルでの食事などはかなり値段が高く、物価の高さを感じます。

大都市アビジャン。首都は内陸のヤムスクロですよ

アビジャンのフィッシュマーケットで干し魚を売る女性

アビジャンのフィッシュマーケットで干し魚を売る女性

アビジャンの人口は約500万人。町は9つのエリアに分かれています。大使館や官庁の集まる静かなエリア・ココディ地区。高級住宅街や高級ホテルがあってビジネスセンター街であるプラトー地区、人通りが最も多く賑やかなアジャメ地区はアフリカの混沌としたムードを味わえるエリア。
中でもプラトー地区でユニークな外観を見せているセントポール大聖堂はアビジャンの観光で一番の見所と言っていいでしょう。1980年、イタリア人建築家による設計で5年の歳月をかけて建てられた、5000人収容の巨大な教会なのです。内部にはアフリカの人々や動植物をモチーフにした美しいステンドグラスが飾られています。その中にジャングルにいる象やカラフルな布を巻いた人々を描いたステンドグラスを見つけました。これこそ私がコートジボワールに描いていたイメージ通りで嬉しくなったのでした。

セントポール大聖堂の美しいステンドグラス

セントポール大聖堂の美しいステンドグラス

もうひとつのモダンな教会がサンクチュエル・マリアル教会。青と白で縦長の渦巻きデザインがすごく斬新。こちらも収容人員が多いスケールの大きい教会です。
モスリムが多いので大きなモスクもちゃんとありました。ブルーのドームが印象的なプラトー地区にあるグランドモスクは、私が訪問した当時、まだ資金不足とやらで完成していなかったのです(2019年10月訪問)。
フィッシュマーケットは必見スポットの一つです。たくさんの生の魚に加え、特徴的なのはスモークされた魚が多く売られていること。そこかしこに香ばしい匂いが立ち込めていました。色とりどりの衣装に身を包んだ地元の女性たちが山積みにした大きな魚を売っていて、隣ではトマトやおくらやプチナスや玉ねぎ、トウガラシなどが並んでいました。
ギニアなどの市場に比べて人々はフレンドリー。自分から写真を撮って!とポーズしてくれる人も時々いたりして嬉しくなるほど。ボンジュール、サバー?と明るく声をかければ、ノリで撮らせてくれる女の人も多いのでした。

世界遺産のグランバッサム歴史地区

コートジボワールの世界遺産で4つあるうちのひとつがグランバッサム歴史地区

コートジボワールの世界遺産で4つあるうちのひとつがグランバッサム歴史地区

朽ち果てた町と美しいビーチのギャップがグラン・バッサムの魅力に他なりません。コートジボワールの4つの世界遺産のうちのひとつ、グラン・バッサム歴史都市は、アビジャンから45㎞、車で約1時間のところに位置しています。町を歩けば、ここがかつてはフランスの植民地で、なおかつ初めての首都として栄えたという栄光の過去が虚しいほどの廃墟ぶりなのです。建物はそのまま放置され、ますます荒れ果てているのがわかります。世界遺産だからむしろ下手に手を付けられないせいか?不思議な光景。
かつての郵便局だった立派な建物も朽ち果てて、HOTEL DE FRANCE というかつてのホテルなどは中に木が茂り、窓や扉から木の枝が飛び出しているという異様な姿をさらしています。ハンパでないインパクトのある廃墟を私は初めて目の当たりにしたのでした。まともに保存されていたガバナーズハウスは内部が民族文化博物館となっていて、中に入れば展示品の説明もしてもらえました。

グランバッサム歴史地区にある郵便局跡

グランバッサム歴史地区にある郵便局跡

グラン・バッサムは海辺の町。少し足を延ばせば美しいビーチも見つかります。そこにはリゾートホテルもいくつか並んでいて、ビーチに面しそよ風が心地いいASSOYAM BEACH HOTELの海辺のオープンレストランでランチタイムとしました。カジュアルな店ながら、味もサービスもよくてびっくり。格別に楽しいグルメタイムでした。
前菜のアボカドのシュリンプカクテルは、大きなアボカドの半分の種を取ってそこにぷりぷりのエビのオーロラソース和えがたっぷり詰めてあります。メインに魚を頼んだら、3枚におろした白身魚をグリルしてスパイスが振りかけられ、トマトの詰め物を添えて登場。魚にかけられたサラサラで優しい味のトマトソースは白いご飯にかけても美味しいものでした。バゲットもちゃんと美味しい。
デザートのフルーツカクテルも、最後のカフェオーレもGOOD!さすがはフランスの植民地だったお国柄だと感心しきり。
そして面白いのがビーチに大判スカーフを売りに来る女性たち。自分たちもカラフルな布を腰に巻いています。売りもののカラフルできれいなスカーフを広げて見せて、しきりに買わないかと呼びかけるのです。どうやらレストラン内には立ち入り禁止なので、お客さんに見に来て!!と必死でアピール。
気になる華やかな色柄のがあったので、ビーチに見に行くと、値段交渉の始まりです。最初1枚4000CFA(約800円)と言われたけれど、交渉して2枚5000CFA(約1000円)まで値引きしてもらえました。その時はしめしめと思ったのですが、後で考えると1枚500円はこの国にしては結構高めだったかも。でも気に入ったのが手に入ったのでよかった。

コートジボワールへの行き方

アビジャンのフィッシュマーケットで働く子供

アビジャンのフィッシュマーケットで働く子供

コートジボワールの玄関口アビジャンへは日本からの直行便はないので、イスタンブール経由のターキッシュエアラインズやアジスアベバ経由のエチオピア航空などが便利です。羽田からイスタンブールまでは12時間半、そこからアビジャンへは所要8時間50分。待ち時間を入れると24時間近くかかることもあります。やはり西アフリカは遠いのです。もうひとつ、成田からアジスアベバは1ストップ便で所要16時間40分。そこからは6時間15分です。
アフリカの他の都市と組み合わせて旅する場合は、その都市からアビジャンへのフライトを利用します。

アビジャンで出会った女性

アビジャンで出会った女性

渡航に向けての準備としては、コートジボワールのビザ取得は結構面倒でした。本人申請が必須で、代理は頼めないので申請のために大使館へ向かいます。黄熱病のイエローカードがなくては申請できないし、英文の残高証明も作成する必要があります。行ってみるとアメリカみたいに指紋も取られて結構シビアと感じました。
その代わり着いたアビジャンの空港での入国審査は比較的簡単。出入国カードもなし。でも現地でもイエローカードの提示はマスト。
マラリアの予防薬の服用もお勧めします。事前に日本で購入していくのがいいでしょう。

コートジボワールのツアー

ソフィテル・アビジャンのスタッフと

ソフィテル・アビジャンのスタッフと

コートジボワール単体のツアーを扱っている旅行会社は極めて少ないでしょう。団体旅行でもめったにないですが、周辺の国々と一緒に組み合わせて訪問するのが一般的です。自分が行きたい国々をうまくカバーしている周遊旅行が見つかる可能性は低いので、できれば希望に応じたプランを個人旅行として組んで手配してくれる旅行会社を見つけることがお勧めです。見所を上手くカバーした単体のツアーも合わせて個人旅行を催行している旅行会社で探すのが得策です。団体旅行は今や3蜜。アフターコロナ、withコロナのこれからの時代にフィットする旅のスタイルとは言えません。個人旅行の時代なのです。

グランバッサムのホテルASSOYAM HOTELのプール

グランバッサムのホテルASSOYAM HOTELのプール

アフリカに強く、実際にスタッフがコートジボワールを訪れて、旅のアドバイスができる会社であることが大切です。ベースとなる個人旅行のモデルコースがあるので、それを多少アレンジしてもらったり、自分だけのプランを作ってくれるはずです。

いかがでしたか?未知なる国、秘境の国コートジボワールですが、この国の魅力がわかり少し身近な存在になれば幸いです。コロナが終息したら、ぜひこの国も旅先候補に入れてみてください。

 

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