目次

湖水地方の羊たち ハードウィックシープ
湖水地方に足を踏み入れたなら、まずはスマホの電源をそっと切ってみましょう。
目の前に広がるのは、湖面に光がきらめき、やわらかな緑が包み込む穏やかな世界。耳を澄ませば、風が木々を揺らす音や小鳥のさえずりが心に沁みわたります。かつて多くの文豪たちが筆をとったこの地では、季節ごとに咲く草花がほのかに香り、時間がゆっくりと流れていきます。
そんな中、かわいらしい村のカフェで一杯の紅茶を楽しむのも格別です。窓の外では、のんびり草をはむ羊たちの姿が見え、まるで絵本の一頁に迷い込んだよう。ここは、ピーターラビットの物語が生まれた場所でもあり、作者ビアトリクス・ポターがこよなく愛した風景を、今もそのまま感じることができます。
100か国以上旅した、トラベルプランナー橋本が紹介する湖水地方
ヒルトップにて 『ピーターラビット』の原作にも登場した赤いポストのモデル
こんにちは。
世界各地を旅してきた私、橋本は、2025年の春に念願の湖水地方を訪れました。
イギリスを訪れるのは今回が二度目ですが、湖水地方は初めての地。
かねてから「詩人や画家たちを魅了した風景」と耳にしていたこの場所を、自分の目で確かめたいという思いがずっとありました。
ロンドンから列車を乗り継ぎ、緑に包まれた丘陵地帯が広がりはじめると、まるで時間の流れがゆっくりと変わっていくように感じます。
穏やかな湖面、石造りの家々、羊たちがのんびり草をはむ牧草地――そのどれもが、まるで絵本の中の風景のよう。
イギリスでも屈指の人気を誇るこの地が、なぜ多くの旅人を惹きつけるのか。
今回は、そんな湖水地方の「知られざる魅力」にじっくりと迫っていきたいと思います

湖水地方の気候

晴れ渡った空とホークスヘッドの教会
湖水地方はイングランドとスコットランドの境界近く、つまりイギリスのちょうど真ん中あたりに位置し、その名の通り、大小さまざまな湖が織りなす美しい景色が広がるエリアです。
天気の移り変わりが激しいのがイギリスの気候の特徴で、「1日の中に四季がある」と言われるほど。
朝は快晴でも午後には雨、夕方には虹が見える――そんな変化を楽しむのも湖水地方の魅力のひとつです。

オレスト・ヘッドにて
服装については重ね着できる服装やレインジャケットがおすすめ。折りたたみ傘などの雨具は準備して損はありません。
観光のベストシーズンは6月から8月の夏。湿度が低く、平均気温は20℃以下と過ごしやすく、日没は21時ごろまで明るいため、一日を長く有効に使えます。
一方でオフシーズンは11月から2月で、この時期は気温が下がり雨も多くなりますが、観光客が少なく静かな湖畔の風景をゆっくり味わうことができます。
雨が少ない時期は4月から7月、雨が多いのは10月から翌2月。季節ごとに表情を変える湖水地方は、いつ訪れてもそれぞれの魅力を感じられる場所です。
イギリス湖水地方のおすすめツアー



湖水地方への行き方

湖水地方の入り口、ウィンダミア駅
ロンドンから訪れる場合は、鉄道の利用が最も便利です。所要時間はおよそ3〜4時間。ロンドン・ユーストン駅から列車に乗り、オクスンホルム・レイク・ディストリクト駅(Oxenholme Lake District)で乗り換えて、ウィンダミア駅(Windermere)で下車します。
長距離バスを利用することも可能で、所要は約8時間ほどです。
列車であれば日帰りでいけなくはありませんがかなり慌ただしくなりますので、できれば2泊以上の滞在をおすすめします。

ロンドン〜オクスンホルムの 列車
湖水地方を訪れるなら、まず玄関口となるのはマンチェスター空港。空港から鉄道を利用すれば、およそ2時間で湖と丘陵が織りなす美しい景色の中へたどり着きます。北側のスコットランド、エジンバラからもアクセス可能で、どちらのルートもそれぞれに魅力があります。
もし旅の日程にゆとりがあるなら、スコットランドから湖水地方を経てロンドンへ南下する「イギリス縦断の旅」もおすすめです。地方ごとに異なる風景や文化を感じながら、車窓から見える牧草地や石造りの村々が次々と現れていく光景は、まさに英国らしい旅情そのものです。
湖水地方内での移動は、レンタカー以外ですとバスや現地ツアー、もしくは専用車のチャーターが主な手段となります。ただし、イギリスの田舎道は細く、カーブも多いため、運転に自信のある方以外にはあまりおすすめできません。季節によってはバスの本数も限られていますので、効率よく安心して観光を楽しむためには、専用車を手配して巡るスタイルが理想的です。時間に追われず、風景や村の雰囲気をゆっくり味わえることでしょう。
湖水地方の主要エリア紹介

ウィンダミア湖クルーズでは美しい自然の風景や家々が楽しめる
①ウィンダミア、ボウネス(Windermere,Bowness-on-Windermere)
湖水地方の中心に位置するウィンダミアとボウネスは、この地域の玄関口であり、最もにぎわう観光拠点です。ロンドンから鉄道で訪れる際は、ウィンダミア駅が終点となり、ここから各地へバスやツアーが出発します。湖水地方最大の湖であるウィンダミア湖のほとりに広がる町では、ヨットや遊覧船が行き交い、湖畔の散策やクルーズが人気です。ピーターラビットの作者ビアトリクス・ポターゆかりの「ピーターラビット・ワールド」もこのエリアにあります。19世紀に鉄道が開通して以来、避暑地として発展し、今もなお多くの旅行者でにぎわっています。
1~2泊で気軽に湖水地方を観光されたい方は、このエリアに宿泊されることをおすすめします。

ヒル・トップ ビアトリクス ポターが住んでいた農園
②ニア・ソーリー(Near Sawrey)
湖水地方の中でも、訪れる人の心をひときわ惹きつけるのが、このニア・ソーリーかもしれません。
この小さな村が世界的に知られるようになったのは、ピーターラビットの作者であるビアトリクス・ポターがこの地に魅せられ、自らの家を構えたことがきっかけです。彼女の住まい「ヒル・トップ」は現在も公開されており、当時のまま残る家具や庭から、彼女の世界観を間近に感じることができます。
ピーターラビットの挿絵に登場する風景が今もそのまま残っているのは、ファンならずとも感動を覚える光景です。石造りの家々や庭先に咲く草花を眺めていると、まるで絵本の世界に迷い込んだかのような気分になります。
アクセスは、ボウネスからフェリーで対岸に渡るルートが最も風情があります。バスや車を利用すれば、わずか15分ほどの距離です。観光客で賑わう中心地とは対照的に、ニア・ソーリーにはゆったりとした時間が流れ、どこか懐かしい空気が漂っています。
周辺には湖畔の散歩道やクロイフ・ハイツの丘陵ハイキングコースもあり、自然と文学の香りが心地よく調和しています。静けさと美しさに包まれたこの村は、いつかゆっくり滞在してみたいと感じさせてくれる場所です。

グラスミアで有名なジンジャーブレッドショップ
③グラスミア(Grasmere)
湖水地方の中心に位置するグラスミアは、詩人ウィリアム・ワーズワースがこよなく愛したことで知られる、美しく静かな村です。
ワーズワースは、日本でいえば松尾芭蕉や宮沢賢治のような存在で、イギリスでは誰もが学校で学ぶ国民的詩人だそうです。
村の中心には、石造りの可愛らしい家々が並び、花々に彩られた庭やティールームが点在しています。ワーズワースがかつて暮らした「ダヴ・コテージ」は現在も保存されており、当時の執筆机や生活の様子をそのまま見ることができます。隣接する「ワーズワース博物館」では、彼の原稿や手紙、絵画などが展示されており、文学ファンにはたまらない場所です。
また、グラスミアといえば名物の「グラスミア・ジンジャーブレッド」も忘れてはなりません。19世紀から続く老舗店で販売される、スパイスの効いた独特の焼き菓子は、旅の思い出にもぴったりです。(お店で作っているのでクッキーの焼けるとってもいい匂いがします!)
村の周囲には、落ち着いた雰囲気の中にも趣のあるパブやホテルが点在し、湖畔をめぐる散歩道やライダル・ウォーターへ続く穏やかなトレイルも楽しめます。自然と文学が心地よく調和するこの地では、静けさに包まれながら穏やかな時間を過ごすことができるでしょう。
グラスミアは、まさに湖水地方の魅力を凝縮したような、心に残る美しい村です。

アンブルサイドの街
④アンブルサイド(Ambleside)
湖水地方の中心部、ウィンダミア湖の北端に位置するのがアンブルサイド(Ambleside)です。観光客でにぎわうウィンダミアに比べると、より落ち着いた雰囲気が漂い、ハイカーや写真を愛する旅人たちが静かな時間を求めて訪れる街でもあります。
街を歩くと、重厚な石造りの建物が整然と並び、どこか懐かしいイギリスの原風景を感じさせます。中心部から少し足を延ばせば、小さな滝「ストック・ギル・フォールズ(Stock Ghyll Force)」があり、流れる水の音に包まれながら自然散策を楽しむことができます。また、文学好きにとって外せないのが詩人ワーズワースゆかりの邸宅「ライダル・マウント」。彼が晩年を過ごしたこの家からは、湖水地方の柔らかな光と風を感じることができます。
アンブルサイドは古くから詩人や芸術家たちに愛され、今もなお文学と自然が溶け合う独特の空気をまとっています。ウィンダミアからはバスでわずか15分ほどとアクセスも良いのでウィンダミア滞在中にぜひ訪れてみてください。

自然が広がる静かなケズウィック
⑤ケズウィック(Keswick)
湖水地方北部の中心に位置するケズウィックは、アウトドアの拠点として知られる長期滞在するにはうってつけの街です。
町のすぐそばに広がる「ダーウェント湖(Derwentwater)」では、穏やかな湖面をボートで遊覧でき、四方を囲む山々の眺めは息をのむほどの美しさです。また、郊外にある「キャッスルリッグ・ストーンサークル(Castlerigg Stone Circle)」は、約4000年前に築かれたといわれる神秘的な石環遺跡で、静かな丘の上から見渡す景色も圧巻です。
アクセスは、ウィンダミアから車で約1時間30分。鉄道を利用する場合は、ペンリス駅(Penrith)からバスで約40分ほどです。
日本人観光客はまだ少なく、自然の中で静かに過ごしたい人や、ハイキングを中心に湖水地方を満喫したい人にとって、ケズウィックは理想的な滞在地といえるでしょう。
湖水地方のお役立ち情報

国土がさほど広くないイメージのイギリスだが湖水地方の広さは果てしない
以上、代表的な街をご紹介してきましたが、湖水地方の魅力はまだまだ尽きません。なぜならこのイングランド北西部に広がる湖水地方国立公園の面積はおよそ2,300平方キロメートル。東京23区の約3倍にも相当し、そこに大小あわせて10の湖が点在しているのです。
そんな圧倒的な広さの湖水地方ですから、欧米からの旅行者はレンタカーを利用して湖を巡るスタイルが一般的です。イギリスでは細い道幅や駐車スペースが限られているため、日本の旅行者にはあまりおすすめできません。道に不慣れな海外での運転は、せっかくの旅を緊張続きにしてしまうこともあります。
その点、専用車で巡る観光なら、運転の心配なく安心して風景を楽しむことができます。経験豊富なドライバーや現地ガイドが同行すれば、地元ならではの隠れた名所にも立ち寄れるのが魅力です。
また、効率よく湖水地方のハイライトを巡るには、見たいもの・体験したいことなど自分なりにテーマを決めて周遊ツアーを活用するのもおすすめです。ウィンダミア湖をはじめとする湖をめぐるツアーや、ピーターラビットゆかりの地を訪ねるツアーなど、テーマに合わせたプランが数多く用意されています。限られた滞在時間の中でも、自分に合ったツアーを選ぶことで、湖水地方の自然・文化の魅力を余すことなく体験することができるでしょう。
イギリス湖水地方のおすすめツアー



テーマを決めて湖水地方を旅しよう

クイーンアデレーズヒルからウィンダミア湖を一望
【自然を楽しむ】
湖水地方の自然を楽しみたい方には、ウィンダミアやボウネスを拠点にして、湖水地方ならではの「フットパス(Footpath)」を歩くのがおすすめです。フットパスとは、地元の人々が昔から使ってきた公共の散歩道のことで、観光地を離れ、のどかな牧草地や湖畔の小径を自由に歩けるのが魅力です。
1泊程度の短い滞在なら、ウィンダミア湖やグラスミア湖周辺の軽いハイキングコースがおすすめです。湖畔沿いの緩やかな道を歩けば、羊たちが草をはむ牧草地や、穏やかな湖面を渡る風を感じながら、湖水地方らしいのどかな風景を満喫できます。
もし2泊以上の滞在ができるなら、ケズウィックを拠点に1日ハイキングを楽しむのも良いでしょう。たとえば、ダーウェント湖を一周するコースはイギリスらしい自然美と達成感を味わえる人気ルートです。
また、湖水地方の見どころを効率よく巡りたい方には、「10湖めぐりツアー」も人気です。主要な湖を車で周遊し、それぞれ異なる表情を見せる風景を一度に堪能できます。短い滞在でも湖水地方の自然を存分に感じられるので、初めて訪れる方にもおすすめです。

ワールドオブビアトリクスポター
【ピーターラビットの世界に浸る】
湖水地方といえば、やはりピーターラビット、そしてその生みの親ビアトリクス・ポターの足跡をたどる旅が欠かせません。湖水地方の風景、そのすべてが、ビアトリクス・ポターが描いた優しい世界と重なり、ピーターラビットについてよく知らなくても不思議と懐かしい気持ちになります。
まず訪れたいのは、彼女が暮らした村 ニア・ソーリー。ここにある「ヒル・トップ(Hill Top)」は、ポターが執筆に励んだ自宅で、愛用していた家具や日用品、絵本の舞台となった庭が当時のまま残されています。小さな家の中を歩けば、まるでピーターや仲間たちが今にも顔を出しそうな、温かな気配に包まれます。
次に足を延ばしたいのが、近隣の ホークスヘッド(Hawkshead) にある「ビアトリクス・ポター・ギャラリー」。かつて彼女の夫が事務所として使っていた建物を改装したもので、原画やスケッチ、手紙などを通してポターの創作の裏側をのぞくことができます。小さな空間ながら、作品に込められた自然への愛情が静かに伝わってきます。
そして、ウィンダミアにある「ザ・ワールド・オブ・ビアトリクス・ポター」も人気のスポット。動くジオラマや立体展示によってピーターラビットの物語の世界を体感でき、大人も子どもも思わず笑顔になる空間です。
【番外編】時間がない!でも湖水地方の自然を楽しみたい欲張りな方は・・・
オレスト・ヘッドからの眺め
「湖水地方に1泊しかできないけれど、湖水地方らしい風景をしっかり感じたい!」
そんな方におすすめなのが、ウィンダミア駅から徒歩わずか5分で登山口に着く手軽な展望スポット、オレスト・ヘッド(Orrest Head)のハイキングコースです。
標高は約238メートルと低く、片道30分ほどで山頂へ。道はよく整備されており、スニーカーでも安心して登れます。
山頂からはウィンダミア湖と湖水地方の山々が一望でき、短時間で味わえる絶景として人気です。詩人ウィリアム・ワーズワースがこの丘を登り、湖水地方の美しさに感動したという逸話も残っています。
下山後は、ふもとのカフェでティータイムを楽しむのもおすすめ。
アクセスの良さ、手軽さ、美しい眺望の三拍子がそろったオレスト・ヘッドは、時間が限られた日本人旅行者にもぴったりの“湖水地方の入門ハイキングコース”です。
イギリス湖水地方のおすすめツアー




まとめ
ホークスヘッドのティールーム
いかがでしたでしょうか。
ゆっくりと流れる時間、湖を包み込むように広がる木々の緑、そして澄みわたる空気――。
湖水地方には、どこか懐かしく、心をやさしく満たしてくれる穏やかな魅力があります。
現地の人々も休日になるとこの地を訪れ、湖畔を散歩したり、ティールームでのんびり過ごしたりと、それぞれの時間を楽しんでいます。
今回私が訪れたのは、10月の小雨がしとしと降る季節でした。
霧に包まれた湖や濡れた石畳の村並みもまた美しく、静かな時間が流れていました。
そんな中で、「いつか晴れた日にもう一度、湖水地方でゆっくり過ごしたいな」と心から思いました。
かつてイギリスの裕福な人々がこぞってこの地に別荘を持ち、週末を過ごしたという気持ちが、今ならよくわかります。
自然と文学、そして英国らしい情緒が調和したこのカントリーサイドは、まさに“ゆとりの旅”を味わうのにふさわしい場所です。
イギリスを訪れる際は、ぜひ一度この湖水地方へ――。
その穏やかな時間と景色の魅力が、少しでも伝わっていれば嬉しく思います。




