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ソロモン諸島とは?どこにある国?ツアーや行き方もご紹介

島中にこんなきれいなビーチがある。タンベアビーチには第3師団慰霊碑が側にあった

美しい海と激戦地の史跡が共存する国ソロモン諸島。小説「永遠の0(ゼロ)」の舞台として注目を浴びたガダルカナル島。この地は第2次大戦中日米の激戦地でした。清らかな海と緑の木々、花々の咲き乱れる楽園のような島で、その真逆のような凄惨な戦いが行われました。戦闘機や戦車が野ざらしになって残され、海辺には今なお日本戦艦の沈船が姿を見せています。そんな不思議な世界ソロモンのことを、世界203か国を旅し実際にここへも訪れたペンギン案内人2号がご紹介します。

ソロモンってどんな国?

ビル村の戦争博物館のトロピカルガーデンに残された戦闘機の残骸

ソロモン諸島はガダルカナル島をはじめ6つの大きな島と1000余りの小さな島々からなっています。ソロモン全土の人口は50万人余りでメラネシア系の国民が暮らしています。公用語は英語でどこでも通じますが、共通語のピジン語なまりの早口の英語はしばしば聞き直さないと聞き取れないものでした。
首都はガダルカナル島にあるホニアラ。首都とは思えないとってものどかな町です。島民が集まるマーケットも賑わいがあって楽しいので覗いてみるのがお勧めです。また離島では知られざる素晴らしいダイビングスポットもあり、世界のダイバーの穴場となっています。

サンデーマーケットでは新鮮な魚もいっぱい

「永遠の0(ゼロ)」でも出ていた通り、1942年の半年余り、この国は日米両国の激戦地でした。島での観光はもっぱら戦跡巡りなのです。戦跡巡りと聞き、行くまでは陰気くさいイメージだったのですが、行ってみるとそこはまるで印象とかけ離れていました。楽園のように美しい花々の咲くトロピカルガーデンに唐突に捨て置かれたような戦闘機や大砲。あちこちに迫力あふれる不思議な世界を作り出していて、訪れる者を魅了してしまうのです。これがソロモンの最大の魅力と言っても過言ではないでしょう。

ソロモン諸島への行き方

ニューギニア航空の国内線の機材。パプアニューギニアも一緒に周遊してはいかが?

首都ホニアラのあるガダルカナル島へ行くには、成田からニューギニア航空でニューギニアのポートモレスビー乗換えで飛ぶのが最も早く便利なルートです。
ポートモレスビーまでは所要約6時間40分と意外に早いのです。そこからホニアラまでは所要2時間20分。よってトータルの所要時間は9時間ほどとなります。知られざる秘境へのアクセスとしてはかなり早い方です。ただし現在はあいにく運休中。運航を再開すればこのルートがベストといえるでしょう。

ホニアラ上空。いよいよ着陸です

そのルートが取れない場合は、他にフィジーのナンディー経由やオーストラリアのブリスベーン経由のフライトもあります。その旅行でフィジーと組み合わせたい場合やオーストラリアと組み合わせたい場合などはむしろ便利なフライトとなります。

ソロモン諸島のツアー

国一番の高級ホテル、キタノメンダナホテルにいればリゾート気分も

「永遠の0(ゼロ)」で注目を浴びて多少なりとも日本人に知られるところとなったソロモンという国名。でもツアーを組んでいる旅行社はほとんどありません。ニューギニア航空のフライトが就航していた時はパプアニューギニアとのコンビネーションツアーやソロモンだけのツアーなどを組んでいる旅行社がありました。コロナが終息後、航空会社が就航を再開したらまたそんなツアーが再開するはずです。

ドライバーさんたちと

ソロモンのツアーを組むにしても、まず現地を見てその魅力に触れ、その魅力をたっぷりツアーに組み込む必要があります。また自分が行きたい場所をピックアップして、好きな時に好きな日数で行きたいとなれば、団体旅行は絶対に無理です。よって個人旅行を手配してもらうのがベストでしょう。現地に詳しい旅行社のスタッフにいろいろアドバイスを受けながら、本当に見てみたい場所を組み合わせて、自分だけのソロモン旅行を作る。それこそがツアーの理想形と言えるでしょう。

「永遠の0(ゼロ)」の舞台・ガダルカナル島

今なお日常的にこの風景がある。これこそソロモン諸島

ガダルカナル島はサンゴ礁の透明な海に囲まれ白砂ビーチもあり、緑豊かで真っ赤な花が咲く、一見リゾート島のような美しい島。でもここは決してリゾート島などではありません。立派なホテルは「キタノ・メンダナホテル」ただひとつ。とはいっても海に面してリゾート気分が味わえるものの、ひと昔前の高級ホテルのようにセンスはよくないホテルです。他にはこれと言ってホテルも存在しません。物価は意外に高めで、ホテルの日本食を食べたら4000円近くした鉄板焼きが悲惨な料理だったりしました。

スイカ甘いよ!サンデーマーケットにて

島の人たちの家は粗末で、電気も水道もないエリアも多く、人々は皆貧しい暮らしをしています。でも子供たちは人懐っこく、住民は皆素朴で親切。メラネシア人らしくがっしりして焦げ茶色の肌をし髪が縮れ、男の人は皆ブアイという噛みタバコを噛んでいて口の中が真っ赤に染まっているのもユニーク。慣れるまではギョッとしました。
人々がのんびり暮らす島では、背景には深い緑の丘が続き、島のあちこちには激戦地の戦跡が残っています。これがガダルカナル島にほかなりません。

ガダルカナル島ののどかな暮らし

エスペランサ岬で出会った子供たち

大きな島の北部、海岸線沿って道路はあるものの、北東部、北西部では道がなくなります。南部にも道路はありません。南部で暮らす人々はココヤシで作るコプラなどの農作物を舟に乗せてホニアラの港まで来て、マーケットで売るのだと言います。

ピサレ教会

黒砂がキラキラ光るとある海岸では、ヤシの木が並び放し飼いの鶏もいる楽園ムードを醸し出しています。地元の人々がやって来てカーステレオでソロモンミュージックをかけながら楽しげに過ごす憩いのビーチなのです。島の人にはそんなありふれた日常の風景も、われわれ旅人にとっては日本人の歴史の中では忘れられない戦跡なのです。ここで行われた凄惨な出来事の説明を聞くにつけ、目の前のただただ平和でのどかな南国の島の風景に深い感慨を覚えるのでした。プラスアルファのインパクトを与えられる旅先を求める旅人にとって、ここほどうってつけの島はないと感じました。

ビル村の戦争博物館は必見

戦闘機が風雨にさらされ朽ち果てた姿を見せています

ガダルカナル島の戦跡の中で絶対に見逃せないのがビル村の戦争博物館。博物館と言っても屋外にあって、海に面した美しいトロピカルガーデンには緑の木々と赤や黄色の花が咲き誇り、まさにパラダイスのムード満点。そんなムードの中にその対極とも言える残酷な戦争の名残がもっともリアルな形で存在しているのです。

博物館の庭の片隅に建てられた鎮魂の碑

零戦のエンジンやアメリカの戦闘機グラマンやダグラス、キングフィッシャーなどの残骸が、長い年月の風雨にさらされボロボロに朽ち果てる寸前のものもあります。大砲や沈船の残骸の一部、砲弾なども野ざらしになりながら、どれもが存在感を持って、私たちに多くの物語を語りかけてくるのです。

ギフ高地・日本軍兵士の遺品が大切に保存され感動的

村の案内人の若者

ホニアラの町を出て東へ約18㎞のバラナ村。そこは小さくて貧しい村で、そこに暮らす若者が案内役でした。10分ほど丘を登ると、一面に広がる山並みの展望が素晴らしい標高410mのオースティン山の少し手前。そこにあったモニュメントを見学。旧日本軍が米軍に対し必死の抵抗を見せたが、激戦の状況はまさに地獄・・・とモニュメントには書かれていました。

大切に保存されていた旧日本軍の兵士の遺品

バラナ村に戻ると、若者は旧日本軍の兵士たちの遺品の数々を見せてくれました。ヘルメットや装具、日本語でクレオソート(今の正露丸)と書かれた小瓶などなど。かなり錆びついたり壊れたりしているものの、ひとつひとつが宝物のように大切に並べられ、保管されていました。零戦のエンジンや部品も置かれています。こうした貧しい村の人々までもが、日本兵のゆかりの品を大切にしてくれているのです。ここを訪れる日本人旅行者の数などたかが知れています。それなのに、彼らにとっては遺品を展示し大切にすることは日常なのです。そのことがとても嬉しくもあり、感動も覚えたのでした。

激戦地だったテテレビーチとレッドビーチ

テテレビーチには戦車の残骸があちこちに残っていました

ホニアラから東へ30㎞に位置する激戦地として知られるテテレビーチ。ココヤシ林を抜けて内陸に向かって歩くと、たくさんの戦車の残骸が放置されているのが見られます。草むらの中に隠れていたり、長い年月の間に朽ち果ててしまった戦車たち。草が生えているものや苔むして色が変わったものも。ここでも戦争博物館として兵士の遺品を並べています。だいたいこうした博物館の入場料は100$と高め。地元の人は戦跡を保管、管理して入場料で生計を立てているのです。

レッドビーチに遊びに来ていた子供

テテレビーチの隣にあるレッドビーチは、何の変哲もないきれいな砂浜ですが、かつてここでは日本軍がアメリカ軍を迎え撃ち、海の色が真っ赤に染まったことからレッドビーチという名が付いたそうです。ビーチの脇の民家では子供たちが熟れたマンゴを収穫中でした。一人の男の子が木に登り上手にマンゴを落とし、他の子供がネットを広げて受け取る。ちょうど雨季の始まる11月頭、この季節にマンゴの実が熟します。この島にはバナナ、パイナップル、パパイヤ、マンゴ、スイカなどフルーツは何でも採れるといいます。
こんな楽園の島で、今後二度と再び争い事など起きることがないように、私は心から祈りたい気持ちでした。

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